映像作品掲示板過去ログ070107_070417

1480 Reply 銀嶺の果て ルー等級つつ大臣 2007/01/07 20:54

今回ようやくでーぶいでーが置いておるレンタル屋があったので早速レンタルして見ました。
伊福部先生のデビュー作品ということでサントラのほうは既に手に入れてどのような音楽かということは分かってましたがオープニングが思った以上にスリリングな出来栄えに驚きました。
(夜の街~警察隊出動~夜爆走していく警察のサイドカー~そして犯人が乗り込んだらしい汽車と無駄のないカット繋ぎでラドンにも使用されたアップテンポのタイトル曲が効果を生んでいる!それにしても「新版」って・・・?オリジナルは現存してないのか?恐らくは公開当時にカットしたのか?不明だなあ・・・)
この作品は3人の強盗犯が出てきますが小杉義男さん演ずる高杉は物語早々雪崩に巻き込まれて退場してしまうんですね・・・。
(しかも追跡する警官に威嚇発砲したために起こった雪崩に巻き込まれて・・・)
追跡劇にしても相当な豪雪で半分ぐらい雪で足が埋もれながらの撮影は相当きつかったんじゃないかと思えるほど警官、犯人双方不利な状況でよくやったなと思えます。
(追跡劇ということでスピード感溢れる展開に期待してた人には期待外れかも。
そのくらいアクションが少なかったのが意外だった・・・。)
ただこの作品、「大自然の前には人間などちっぽけなもの」というテーマが主眼となっているのでそれに関しては十分過ぎるほど見事な映像、展開となっています。
伊福部先生の本で中盤のスキーをするシークエンスでワルツを流したらどうかという谷口監督に対し伊福部先生は現行にある音楽をということで通したというのも正解であったと思う。
もしあそこでワルツを流してたら雪山の威容が消されていただろうし今の目で見れば違和感炸裂だったと思う。
テーマがテーマであったとはいえ人間同士の心の繋がりは秀逸で山男の本田の純粋さが犯人の一人である野尻(志村喬のキャスティングが秀逸!)が心を開いたのも
本田と若山セツ子演ずる春坊の純粋さだったし最後まで粗暴なままの三船と争うはめになったりそして後半の「山を降りよう」のセリフは野尻の決意を固めたかのようであります。
ラストの本田のセリフ「また山で逢いましょう」は彼の社会復帰を望んでる本田の心境が伝わってくる名台詞であります。

全体的に心の優しさが伝わってくるいい映画でありました。
画質はレストアがなされてなかなかの画質でありましたがラスト直前、突然フォーカスが極端に甘くなってしまったのは残念ではありました。
(そこだけ修復不可能になっていたのかな?)
とはいえ伊福部先生が音楽担当で大正解ないい映画だったと思います。

1488 Reply Re:銀嶺の果て 殿様ギドラ Mail 2007/01/10 15:44

『銀嶺の果て』DVDをレンタルしているとは、なんとすんばらしいレンタル屋さんでありましょうか。

あっしは何年か前、BSで放送した物を見ました。
それも「新版」でした。
多分、リバイバル用に再編集したものでしょう。(チャンピオン祭版と同じことですね)
オリジナル版のネガは行方不明というところか・・・。
(残念)

良い映画ですよね。
同じく監督谷口千吉、脚本黒澤明、音楽伊福部昭トリオの『ジャコ萬と鉄』のほうが有名で、何度かリメイクされていますが、
私としては『銀嶺の果て』のほうにぐっと来ました。

雪崩のシーンには緻密な合成カットもあってびっくりです。
(円谷監督がこっそり関わっていないか??)
それと、実直な正義漢本田の名前、谷口・黒澤両監督の盟友であった本多猪四郎監督から頂いた名前ではないか、なーんて考えちゃいました。
この映画は1947年のもので、まだ本多監督は映画界復帰出来ていないんでは・・。で、谷口・黒澤両氏がエールを送った、とか。

1491 Reply Re:銀嶺の果て 海軍大臣 2007/01/11 12:46

遅まきながら、あけましておめでとうございます。
>
で、早速【銀嶺の果て】なのですが、

> それと、実直な正義漢本田の名前、谷口・黒澤両監督の盟友であった本多猪四郎監督から頂いた名前ではないか、なーんて考えちゃいました。

と云うのはご推察の通りで、正確な書名は忘れましたが、何かの本で私も読んだことがあります。(あのキャラクター自体が本多監督をイメージしているらしいのです)
本作品では脚本ばかりか編集にも黒澤監督が深く関わっていて、ロケ先にまで電報で「こういう場面を撮るように」との細々とした指図が寄せられていたようです。(撮影したフィルムの現像が上がる側から黒澤監督が繋いでいったのでしょう)


それから雪崩のシーンの合成云々はハッキリ判りませんが、後年、円谷監督がライフワークである【日本ヒコーキ野郎】を企画していた際に、本編監督として谷口監督の名前が挙がっていたと仄聞したことがありますから、案外、この頃から係わり合いがあったのではないでしょうか?

あと、合成で思いだしたのですが、【七人の侍】の中盤、野武士の山塞を焼き討ちする場面で、炎上する山塞の前で右往左往する野武士どもに菊千代が「ざまぁみろ」といった罵声を浴びせるところがあります。で、実は私にはどうにもこの1カットだけが、スクリーンプロセスを用いているように思えてならないのですが、如何なものでしょうか?
是非、皆様の御意見をうかがいたく思います。


1494 Reply Re:銀嶺の果て 殿様ギドラ Mail 2007/01/12 16:02

海軍大臣さん、明けましておめでとうございます。

いやー、やっぱりあの本田は、本多猪四郎監督をイメージしていたんですね。
なんだか暖かい気持ちになります。
さらに黒澤監督が共同監督と言ってもいいほどに深く関わっていたとは驚きです。

雪崩での合成カットというのは、小杉義男さんがまさに雪に飲み込まれる2秒ほどのカットです。
今回改めてビデオで確認したところ、斜面に倒れている高杉(小杉)の手前に大きな雪玉(俳優の姿が隠れるほどの大きさ)が転がってきます。
雪玉はロケで撮影されたものと思われます。
その雪玉の後端を境にして移動マットを使って崩れてくる雪を合成しているようです。
モノクロであり画質もあまり良くないので別撮りの雪崩素材を合成しているのか、はたまた作画合成なのか判別できませんでした。
本物の雪玉を先頭にしているのでほとんど違和感がありません。
私が「あれ?」と思ったのは、流れてくる雪がちょうど高杉だけを覆うようにまっすぐ落ちていったように見えたからでした。

山本嘉次郎監督の助監督だった方々は戦前から円谷監督と繋がりがあった可能性が高いですね。
本多監督も『加藤隼戦闘隊』に助監督としてついたあたりで円谷英二監督と関わりがあったようですし。

それで、資料を調べ直しましたら、円谷英二監督が公職追放処分で東宝を去ったのは1948年3月ということで、
『銀嶺の果て』製作時には特殊技術課長であったと思われます。
オープニングクレジットに東宝特殊技術課の名前が出ていますから、この作品に円谷監督が関わっていたのはまず間違いないのでは??

さて、『七人の侍』でのスクリーンプロセス。
確認してみました。(数年前BSで放送された物)
私もスクリーンプロセスだと思いました。
画面手前に岩陰から覗くミフネたち侍がいて、奥に燃える建物と野武士というカット。
全部で3カットほど同じ手法で撮影されたものがあるようです。

手前の映像に比べて奥の映像はコントラストが甘く、同一のカメラ・フィルムで撮ったようには見えませんし、かなり距離が離れているにも関わらず、
パンフォーカスになっているのも怪しい。

と思いながら何度か再生しているうちに、「んぉぉぉ!」と気が付きました。
海軍大臣さんがご指摘下さった菊千代の「ざまぁみろ」につづく最初の(合成と思われる)カットにどうも違和感があり、
じっくりと見たところ、途中でほんのわずかなのですが、奥の画面だけがぴくっと右にずれるのです。
これは間違いなく合成カットであります。
そして、手前の人物と背景の境界線に揺らぎがないことから、移動マット合成ではなくスクリーンプロセスであると判断しました。

これまた円谷監督、手伝っているんじゃないでしょうか・・・。
『ゴジラの逆襲』DVDオーディオコメンタリーの有川貞昌監督によると、「~逆襲」時点でもスクリーンプロセスは円谷監督が開発した機械を使っていたようです。
なかなか調整が難しい機械だったという話も何かで読んだ覚えがあるので、機械だけ貸して別班のカメラマンに任せることがあったのかどうか・・・。
(なーんて、有川カメラマンが出向してたりして)

良いきっかけを頂いてすっかり勉強しちゃいました。

1501 Reply Re:銀嶺の果て ルー等級つつ大臣 2007/01/14 22:14

遅れまして申し訳ありません。
この映画は谷口監督デビューということで黒澤監督が谷口監督の為にシナリオを書いたほどですから同じ山本監督門下で盟友同士として黒澤監督も谷口監督の昇進は嬉しかったのではないでしょうか。
(それだけに本多監督の昇格の遅れが盟友同士として気になっていたのでは?)
あの本田のキャラクターはお二人の本多監督に対して憧れといったものが反映されていたと思います。
というか本多監督そのままって感じだと思います。
それにしてもあの雪崩のシーンがこの作品の特撮シーンとなるわけでありますが編集の妙も相まって実に作画合成も見事です。
前後の実写の雪崩シーンと連動して作られているために自然な仕上がりになっているので一瞬「あれ?」と思うほどですが円谷監督がこの作品に関わっているとなるとちと微妙ですが納得しています。
(どちらかというと合成の向山さんが担当したと思いますが。)
谷口監督と円谷監督は後に「大盗賊」を担当したますからこの頃からの付き合いだったのではないか?と思います。


1504 Reply Re:銀嶺の果て 海軍大臣 2007/01/15 12:42

ギドラさま。
早速のご返答ありがとうございます。
【七人の侍】は最近スクリーンで二回見てはいるのですが(川越のホームランシアターと町田のまちえい)、我が家のTVモニターが壊れてしまい、細かい部分までチェック出来ない状況なのでたすかりました。
仰るとおり、スクリーンプロセスマシンは理屈は簡単でも、現場での摺り合わせが大変難しい機械だと聞いておりますから、ほぼ確実に円谷さん本人が立ち会っているものと私も推察します。あのシーンに出ている俳優さんでは土屋嘉男さんがご存命ですので、お話を伺うことが出来ればよいのですが…。
ところで劇中、侍たちが野武士の山塞を夜討ちに向かう場面では実は久蔵役の宮口精二さんが乗馬が全く出来ず、吹き替えに背格好の似た俳優ということで、特撮作品でおなじみの大村千吉さんが馬に乗って代役を務めたそうです。
これは生前、大村さん御本人からの直分ですが、余り知られていない逸話のようですのでご紹介させていただきました。
それでは。

1506 Reply Re:銀嶺の果て 殿様ギドラ Mail 2007/01/15 16:50

>ルー等級つつ大臣さん
『銀嶺の果て』に円谷監督が手を貸していたのかどうかに確証はないところではあります。
昔の邦画はクレジットが実に簡略なので、誰が何を担当したのかわかりにくいですね。
資料本では合成技術課となっているので向山宏さん単独である可能性もあるわけで・・。

でもロケ撮影時点ですでに合成処理を考えた素材撮りをしていて、さらに動く物を合成境界線に使うという荒技ぶりは、
なんとも円谷英二っぽさを感じてしまうのでした。

>海軍大臣さん
ありゃー、モニターが故障とは一大事ですね。
早期復旧をお祈りします。

そして、大村千吉さんの逸話にびっくり。
ご本人から直接お聞きになったというのも、なんと貴重なお話でしょう。

またまた、やってて良かったギドラの巣、です。

ありがとうございました。

1510 Reply 日本映画沈没 ゾンデ5号 2007/01/20 11:47

昨日、樋口版『沈没』を見ることが出来ました。
何じゃこりゃ。
日本が沈没するというのに恐怖感も悲壮感もあったもんじゃありません。
日本各地で起こる沈没や火山噴火も、『はい阿蘇が噴火しました』『桜島が噴火してます』と、あっさり描くだけ。
阿蘇の噴火なんか迫力も糞もあったもんじゃありません。
山本総理の飛行機はいつの間にか墜落してるし・・・。
函館の沈没は、TV版の『さらば函館の町よ』へのオマージュのつもりだったのかもしれませんが、情感も糞も無く・・。

また、地震や火山の噴火の恐怖感が感じられません。(せいぜいもんじゃ焼き御一行が山崩れに遭遇するシーンでわずかにあったくらい)
関東大地震は迫力も全然無いし。

音楽も駄目です。
メインタイトルで脱力でした。
スカスカな音楽が鳴り響いているだけで、場面を盛り上げたりする事もないし、こんなんでは良い映画になるはずも無いです!
73年森谷版では、佐藤勝先生の音楽が抜群に素晴らしかったし、TV版でも広瀬健次郎先生の音楽も、ちゃーんと場面を盛り上げ、音楽が『芝居』をしていたのに・・。

何て薄っぺらな映画なんだろうと思いましたね。
73年版は、制作期間は半年以下の制作期間でも、ちゃんと原作の難しいところも入れていた作品にはなっていたのに、今回は1年近く制作期間があったのにこの様です!
何をやってるんだスタッフは!と怒りたくなりました。
これから樋口版を見ようという方、73年版か、TV版、原作小説を見るほうを見たほうが絶対に良いです!

1512 Reply Re:日本映画沈没 殿様ギドラ Mail 2007/01/20 15:56

ゾンデ5号さんも見ちゃいましたか・・・。
まったくほんとにおっしゃるとおりのヒドイ映画です。

1カットごとの特殊技術はそれなりでも、「劇」がぜんぜん出来ていないのでお話になりません。

ゾンデ5号さんのコメントであのへなちょこ音楽も思い出しましたよ。
まったく弱々しい蚊の鳴くような「音」がへろろろろ~と鳴っていただけでしたね。

嗚呼!

1516 Reply Re:日本映画沈没 ゾンデ5号 2007/01/25 18:01

>1カットごとの特殊技術はそれなりでも、「劇」がぜんぜん出来ていないのでお話になりません

そうです・・。
ちゃんと映画を盛り上げる要素になってません。
後酷いと思ったのは、日本海沿岸に津波が押し寄せるシーンでした。

①群衆が集まる港、しかし津波が来る
②驚く群衆
③群衆逃げ出す
までは良いのですが、そこでそのシーンが終わってしまうのが・・・。
災害の恐怖感がないのは、災害映画としては大欠陥ですよ。

それと、「日本沈没」のパロディー「日本以外全部沈没」を見ました。
こちらは馬鹿映画に徹していたので、ブラックコメディー映画として十分楽しめました。(樋口版沈没だってプレートに爆弾を仕掛けてプレートをぶっ飛ばすという発想はまさしくお馬鹿映画なのですが・・・)

1517 Reply Re:日本映画沈没 殿様ギドラ Mail 2007/01/26 02:57

あ、『日本以外全部沈没』はまだ観ていないざんす!
原作はずいぶん昔に読んでますが、あれをどう映画にしたのか。
(それもあの河崎実監督だし・・)

いや、本題。
そう。
あの津波のシーンは罪深いです。
劇場公開時に私もコメントを出したんですが、あの流れで津波による破壊を見せなかったのは、もう、なんというか、脱力の極み。
作り手の発想を想像するに、それまでにさんざん災害は見せたのだから、ここは敢えて省略して観客に想像させようという小賢しい計算だったのでしょう。
しかーし。
あの津波以外に映画演出のアクション・リアクションの原則を守って事態を盛り上げたシーンがありましたか?
つまり、それまでに描かれた災害の繰り返しにはなっていないわけで、勝手な思いこみで省略するなと言いたいですね。

どうも、客の予想を裏切ってみせるのがかっこいいとでも思っていたフシもあり・・・。

正攻法の演出がきちんと身に付いたら省略法を使うことを考えなさい、カントクさん。
小津安二郎の省略法なんて見事よん。

1511 Reply 幻のフィルム 東京に現る! 海軍大臣 2007/01/20 12:50

まるで東宝特撮映画の中の新聞のトップ記事のようなタイトルですが、いよいよ【海軍爆撃隊】が帝都・東京にお目見えします。

場所は京橋のフィルムセンター、期日は2月8日と3月6日の2回の予定だそうです。

しかも同時上映として【赤道を越えて】の2本立てと聞きますから、もう今から楽しみで堪りません。

この【赤道を越えて】は記録映画ながら円谷英二さんの最初の監督作品で、十年ばかり前に同じフィルムセンターで見たことがあります。
これは円谷さんが昭和10年に半年ほどの間、海軍の練習艦隊に便乗して、太平洋一帯を遠洋航海したときのドキュメント作品で、南洋の風物や現地人たちとの交歓の様子が巧みに点綴されていました。
後年、【キングコング対ゴジラ】でファロ島の原住民の子供がタバコをねだって高島・藤木両氏を困らせる場面がありましたが、どうやらそのルーツはこの映画にあったようです。

とは言えスポンサーである海軍としてはホンワカムードの親善観光映画に纏まってしまうのを嫌ったものなのか、作品の最後の最後に露骨なまでの国威掲揚的なアジテーションを挿入して、全てがブチ壊されていきます。

国家権力が報道媒体に介入したとき行われる悪行の、まさに典型的なサムプルの感があり、この後、好むと好まざるとに関わらず国策映画に没入してゆかねばならない円谷さんの姿を暗示しているようにも見受けられました。

そうした様々な意味で、円谷英二監督を愛好される方々には一度は眼にして戴きたい作品だと私は思います。


1513 Reply Re:幻のフィルム 東京に現る! 殿様ギドラ Mail 2007/01/20 16:03

やったーやったーやったー!!

ついに東京でも上映となりましたか!!!
お教え下さりありがとうございます。

私は『赤道を越えて』もまだ見たことがないのでこりゃもう外せません。

んが、どど、ど平日なのかぁぁぁ。
わりとスケジュールは柔軟に組めるあたくしですが、さて調整はうまくいくか??

それと、東京近郊以外の方のためにやはりCS放送でのオンエアも企画して欲しいですね。
何年か前、CSで「皇道日本」(撮影円谷英二)を放送したこともありますし・・。

1514 Reply 恥ずかしい話と大失敗の話 殿様ギドラ Mail 2007/01/20 16:14

>恥ずかしい話
今の今まで『わんぱく王子の大蛇退治』を観たことがなかったのでした。
BSやCSを待ちかまえていればいつか放送するだろうとたかをくくっていたのが大間違いでありまして・・。

業を煮やしてDVDを買っちゃいました。
いや素晴らしい。
なーんていまさらその良さをここで書くこともないですね。

アニメ表現の美しさと音楽の融合がたまりません。
そして、伊福部映画音楽のいろいろな形がこの一本にぎゅーっと凝縮しています。
全部が顕れているとまでは言えませんが、これほど伊福部映画音楽のあの手この手を鑑賞できる映画は他にないのでは。

しかし、東映のDVDは東宝に比べると手抜きですなぁ。
デジタル修復していないのでは?
画面にノイズはあるし、音も潰れ気味でノイズも除去されてません。

>失敗の話
以前ルー等級つつ大臣さんが紹介してくれたアニメ「プロジェクトブルー地球SOS」が先週から関東UHFで放送開始されてました。
なのに気が付かずに今週分の第二話から見始めるという大失敗。

ちくしょー。
でも、TV放送してくれてありがたい。

1520 Reply ウルトラの星作戦しか無い! ゾンデ5号 2007/01/29 22:29

ゲオで『帰ってきたウルトラマン』を借りてきました。(ナックル星人編です)
円谷英二時代と比べちょっとカット割りとかがやや荒っぽく感じてしまいました。
ストーリーもあんまり細かくないのが残念。
しかし、ウルトラマンの神秘性が守られているのは評価できるし、個人的にはむしろ好きな方です。
しかし『ウルトラの星 光る時』が、良くも悪くも後のウルトラシリーズの方向性を決めてしまったのではないかとも思います。

それとDVDの画質が『初代マン』とも比べて傷が多いのが気になります。
画質に関しては△ですね。

で、ついでに『タロウ』のテンペラー星人編も借りました。
「何じゃこりゃ」と思いつつもそれなりには楽しんで観てしまいましたが、『ウルトラマン同士の葛藤』を「ウルトラ兄弟」を前面に押し出した結果出てきてしまった悪い部分であるのは否めませんね。
しかし、楽しんだといっても「冗談だろ!」って感じで楽しんでしまったかも。
ギドラさんが「A」をゲラゲラ笑いながら見てたとゴジマガのエッセイにありましたが、それと近い感覚かもしれません。

1522 Reply Re:ウルトラの星作戦しか無い! 殿様ギドラ Mail 2007/02/01 17:17

ナックル星人編をご覧になりましたか。
「帰ってきたウルトラマン」DVDは途中まで購入してますが、まだナックル星人まで届いてません。
でもおおむね内容は覚えてます。
(再放送で何度も観ましたから・・)

おっしゃるとおり、ウルトラシリーズの大きな転機になった作品ですね。
初代マンとセブンを両方登場させたことがウルトラ兄弟の発想に繋がったわけですし、
本放送当時の記憶をたぐれば、
坂田兄妹の死でウルトラマンが動揺するという展開に非常に驚いたのを覚えています。
それまでは、郷秀樹とウルトラマンは別人であり、人間郷秀樹の力が及ばなかったときに宇宙人ウルトラマンが力を貸すのだと思っていたのに、
この作品から郷秀樹とウルトラマンは一心同体であるという描かれ方になってしまいます。
(これ以前にもすでにそのあたりは曖昧になりつつありましたが・・)

ウルトラセブンは宇宙人が地球人の姿に変身してモロボシ・ダンになっているのでダン=セブンでいいのですが、
帰ってきたウルトラマンはそうではありません。

基本設定を改変してしまったと言ってもいいでしょう。(これも後付けのリクツがいろいろありそう)

初代マンでもメフィラス星人とハヤタの対話には違和感を感じる面はありましたが、最終話ではハヤタを地球に残してウルトラマンは去っていきます。
ところが「帰ってきたウルトラマン」最終話では郷秀樹が地球から去ってしまう。

どうも、ナックル星人編をはっきりした境にして単純な変身ヒーローものにシフトしたような気もするのです。

ウルトラマンが敗北し、初代マンとセブンがそろい踏みで助けに来るというストーリーには燃えましたし、ナックル星人の悪辣さが印象に残る名編ではありましたが、
最後の最後、新登場のおねいさんが坂田兄妹の悲劇を無かったことのようにほほえむ姿には実に何とも白々しさを感じてしまうのでした。

テンペラー星人は見たことがないわけですが、そうですねー、「タロウ」も「A」を笑った感覚で臨めばそれなりに楽しめるかも。
とはいえ、それを確かめるためにわざわざ見る気にはならないというのが本音だったりします。

そういえば、「メビウス」、先日の80登場編は「ウルトラマン80」を見ていた子供たちへのプレゼントとしてはうまく成立していたように思いました。
私は80をほとんど見ることが出来なかったので、80ファンの心にどれだけ響いたのかはわかりませんけれど。

1524 Reply Re:ウルトラの星作戦しか無い! ゾンデ5号 2007/02/01 20:33

> それまでは、郷秀樹とウルトラマンは別人であり、人間郷秀樹の力が及ばなかったときに宇宙人ウルトラマンが力を貸すのだと思っていたのに、
> この作品から郷秀樹とウルトラマンは一心同体であるという描かれ方になってしまいます。
> (これ以前にもすでにそのあたりは曖昧になりつつありましたが・・)

個人的には、ウルトラマンの神秘性を感じさせる理由に、地球人にして地球人にあらず、宇宙人にして宇宙人にあらずというのがあったと思います。
あくまでハヤタはハヤタ、ウルトラマンはウルトラマンなんです。
『帰りマン』では、そこらへんの方向転換をしたのですね。
なのでメビウスの映画で、違和感があったのは、ハヤタが北斗星司に「エース!」と呼びかける部分でありました。

自分もナックル星人編で大きく方向転換をしたと思います。
『ウルトラマン』から単純なヒーロー物に転向したと思います。
『仮面ライダー』とかと対抗するためかもしれませんが・・。
もしかしたら過去ウルトラマンの客演が第2期に多いのは、『仮面ライダー』の、ダブルライダー登場なんかに影響されてたりして。(ちなみに自分は仮面ライダーも大好きであります)

で、メビウスの話ですが、次はレッドキング・ゴモラが登場するので楽しみにしております。
佐原健二さんがタケナカ元参謀として登場するそうです。

1527 Reply Re:ウルトラの星作戦しか無い! 殿様ギドラ Mail 2007/02/05 19:25

そうです。
「帰ってきたウルトラマン」のころは、「変身ブーム」とも呼ばれていました。
実感として「仮面ライダー」が勢いをつけてくると(2号ライダー登場あたりからか?)人気ではウルトラは劣勢だったようです。

(私は2号ライダー以降の単純なストーリーにはどうも乗れなくて一文字隼人編に入ったところでリタイア。それでも新シリーズが始まるたびに最初の1~2話は確認視聴したっけ)

先輩ウルトラマンの客演は仮面ライダーに対抗するためという意図はあったと思いますよ。

ああ、メビウス。
レッドキング、ゴモラ、タケナカ元参謀が登場するのは予告篇で見せていたからいーんだけれど、当日の新聞に“ウルトラマンメビウス ○○○ー”(まだ未放映の地域もあると思うので伏せ字)って書いてあるんだもんなぁ。
製作陣はそこを伏せたかったんじゃないの??
ラテ欄でバラしてどうすんのよ。

まー、マニアは事前に情報を仕入れていてあらかじめ知っていたんでしょうけどねぇ。

1523 Reply それでもボクはやってない 殿様ギドラ Mail 2007/02/01 17:19

怖いですねぇ、恐ろしいですねぇ、日本の司法はこんなもんなんですねぇ。

というわけで、今年一番の恐怖映画『それでもボクはやってない』を見ました。

周防正行監督は、やっぱり上手い。
いままで見た作品では巧さが軽さに繋がっていたようにも思いましたが、今回は内容が内容だけに軽くなるはずもなくあれこれと考えさせられました。

この映画を警察や裁判だけの問題として捉えてはいけません。
劇中に描かれる不正義がなぜ起こるのか、人間の心が物事に対してどう反応するのかを考えながら見ていけば、人間社会全体とまでは行かなくとも、
日本社会全体を覆う問題が絡んでいることに気が付くはずです。

そして跳ね返ってくる、自分はどう生きるか、という問題。

出来の良い映画のいいところを具体的に指摘しようとすると内容に触れざるを得なくなって、未見の方の楽しみを奪う結果になるので、
毎度ながら曖昧な書き方になってしまうのが心苦しいですが、
地味なストーリーにメリハリを付けるための工夫や伝えたい内容を出来事に織り込む手腕、人物のリアリティなどなどお見事でした。
(でも、留置所の本田博太郎は、やりすぎだなー)

一点、物足りなかったところとしては被告人側に視点を絞ったために、被害者がどのように扱われるのかまでは見えにくかったこと。
それも想像できると言えば出来ますが、誤認逮捕から冤罪に発展する過程では非常に重要なことなのでもうちょっと描き込んで欲しかった。

最後に、この映画そのものからはちょっと離れますが、
我々がしっかり認識しておきたいこととして、警察は容疑者を裁判所へ送り込むだけであって、決して犯人を見つけているわけではないこと。
多くの刑事ドラマが刑事をヒロイックに描く過程で、警察に逮捕されたのが犯人だという錯覚を我々に植え付けてしまいました。
まあ、裁判所で真実を見極められるわけでもないというのがこの映画の主題でもありますから、じゃあどうすりゃいいのと途方に暮れますけれど、
いまの制度をどうにかすべきだという意識は持つべきです。
どうも日本では三権分立は果たされていないようですから。

あ、それから、テレビ局主導でもこういうちゃんとした映画が作れるんですね。

1525 Reply 広東燃ゆ 海軍大臣 2007/02/05 12:58

現在、シネマベェーラ渋谷で「マキノ時代劇大行進」なる特集上映が行われておりまして、中でも目玉作品となるのが円谷英二が特撮を手がけた【阿片戦争】です。(勿論、メインの【次郎長三国志】シリーズも大好きですが)

話はイギリスの東亜侵略に真っ向から抵抗した心ある中国の政治家を主人公にした波乱万丈の歴史絵巻なのですが、戦時下の昭和18年公開といいますから、兎も角、徹底した反英映画になっている一方で、スペクタクルあり、ロマンスあり、レビューシーンありの、これまた徹底した大衆娯楽作品にもなっております。

特撮は、19世紀の広東港や市街地の様子を巧みなミニチュアワークと作画合成で再現する一方で、クライマックスでは英国艦隊による無差別艦砲射撃で壊滅していく都市破壊スペクタクルがちゃんと用意されていて、見る者を飽きさせません。(ただし、都市破壊の一部は南方の占領地で押収したハリウッド製のスペクタクル映画のフィルムを勝手に流用しているようです。何しろ公開が【ハワイ・マレー沖】の翌月ですから、いかな円谷さんでもスケジュール的に苦しかったものとみえます)


いわば【ハワイ・マレー沖海戦】と同系列の国策作品の一つであり、これを企画した当局者たちは、この大衆娯楽反英映画を日本国民ばかりか、大東亜共栄圏に暮らす人々全てに見せるつもりだったようです。

ところが「映画史研究」なる書物によると、完成直後に親日派中国人(汪兆銘派?)を招いて試写したところ、主人公の林則徐(演じる派市川猿之助)が酒に酔って舞を舞う場面にクレームが付けられたと言います。中国の救国的英雄がそんなマネはしないとするのが、その言い分だったようです。製作者側に中国での神格化された人物に対する理解が甘かったということなのでしょう。

そのためか、今回上映されたフィルムには問題の場面は見られませんでした。
とは言え、作品的には実に面白く、また興味深い内容でもあります。近く、再度上映の予定もあるようですので、是非是非ご覧になられることをお勧めします。




1528 Reply Re:広東燃ゆ 殿様ギドラ Mail 2007/02/05 19:42

おおー。
これまた貴重な情報をありがとうございます。
マキノ特集のことは新聞で見かけたんですが、「阿片戦争」も上映されるとは思いませんでした。
お恥ずかしい話で、『阿片戦争』もまだ見ていない作品の一つでした。

と、スケジュールを確認したら、くっそー、行けない。
見に行けないではないかーー。
残念無念。
でも、かつての国策映画もDVD化される流れになっているので入手することも出来るようになりますね、きっと。

昨年はCSで『マライの虎』(1943)を放送する、なんてこともあったのでCSでのチェックにも期待できます。
(『マライの虎』も激しい反英映画で、こんな映画を見るといかに山本嘉次郎監督が国策映画という枠組みの中でプロパガンダに堕ちない努力をしたのか頭が下がります)

あ、今週の東京での『海軍爆撃隊』上映にも行かれないのでありました。
どーなってるんだよぅ、おいらのスケジュール。
来月の上映にはなんとか!

1530 Reply あれから1年… 海軍大臣 2007/02/08 12:30


伊福部昭先生が薨じられて、はや一年が経ちました。

我が国音楽界に残された偉大な足跡を偲ぶと同時に、あらためて先生のご冥福をお祈りしたいと思います。



1531 Reply Re:あれから1年… 殿様ギドラ Mail 2007/02/08 20:45


伊福部昭先生のような才能は二度と現れることがないでしょう。
作品のすべてを知り尽くしているわけではない私が言うのははばかられますが、
次代に向けてその魅力を伝えていくことを忘れないようにします。

今月のCS、チャンネルNECOでは『霧の音』(56年大映)〈結ばれぬ男女の運命を描いた佳作〉、
日本映画専門チャンネルでは『新座頭市物語笠間の血祭り』(73年・シリーズ第25作)と伊福部音楽使用作品が放送されます。

一周忌に合掌。

1532 Reply 大変です!「を」がありませんでした! 海軍大臣 2007/02/09 12:53

これだけでは何のことか判らないでしょうが、大変なことが判明いたしました。

【赤道を越えて】の題名は、正しくは【赤道越えて】だったのです。

昨日のフィルムセンターでの上映で確認したのですが、間違いありません。
この作品は10年ほど前にも同じフィルムセンターで見ていたにも関わらず、全く気がつかないままでいたのです。(そういえば前回の上映時の番組表も【赤道越えて】の表記だった記憶があります)

迂闊と言えば迂闊なこと甚だしく、自分の目玉がいかに節穴だったかと、ただただ恥じ入っております。

調べてみますと、昭和48年発行の小学館【円谷英二 日本映画に残した遺産】では「を」抜きの正しい題名が使われており、また昭和36年度発行の【キネマ旬報日本映画大鑑6】も同じでした。
ではいったい何時から題名に「を」が加わってしまったのでしょう?

80年代以降に入ってから発行の円谷英二関連の文献はみな誤表記の題名になっておりますし、特撮とは何ら関係ない、岩波書房【講座日本映画1】に収録の【実写映画を見る】なる学術性の高い小論文中まで「を」入りの題名が用いられている有様なのです。

更には、この作品が撮影された海軍の遠洋航海に参加された旧海軍関係者の自叙伝【海軍三等士官裏街道】なる著作にも円谷さんのことが触れられていて、
「このときの記録映画は後に【赤道を越えて】という題名で一般公開された」
といった記述まで見られます。
ただ、注目すべきは、この【海軍三等士官裏街道】なる著作の発行が昭和57年となっていていることです。
即ち、孫引きして使える資料が山ほど出回っている現在と違い、旧軍人である著者は何ら参考とすべき文献もない状態でこの映画について述べているものと想像されます。

もちろん全くの記憶違いという線も崩せませんが、或いはコトによると現在残る「を」抜きのものとは別に【赤道を越えて】と題する別バージョンが存在するとしたら…などと言うのは私のただの妄想かもしれませんね。

兎も角、既存の資料に全幅的に依拠する危うさを改めて噛み締めた次第でして、これを御覧の皆様も他山の石と思し召して、くれぐれも御用心御用心。





1535 Reply Re:大変です!「を」がありませんでした! 殿様ギドラ Mail 2007/02/10 19:13

なんと、タイトルが違っていたのですか!
本当に何事も原典に接することが大事ですね。
タイトルの誤表記というのは実に大きい問題ですし、映画解説文ではあらすじが微妙に間違っているものも散見します。

資料だけで判ったような気になるのは実に危険なことです。
私も気を付けます。

(海軍大臣さんの資料の読み込みに、実は一番驚いているのでした)

1539 Reply おや、こんなところに円谷さんが… 海軍大臣 2007/02/14 12:53

先日は動揺のあまり支離滅裂な文章になってしまい、失礼いたしました。
それにしても、円谷ファンの誰れ一人として、今の今まで題名が間違って伝わっていたことに気がつかずにいたとは酷いハナシもあったもので、私自身を含めてイロイロ反省せねばなりませんね。

さて、しつこく【赤道越えて】の周辺を調べてみたのですが、円谷さんご自身が雑誌【オール読物】昭和17年1月号に【赤道を越えて】の題名で文章を寄稿しているようです。私も実物は未見ですが、そのうち調べてみたいと思っています。

で、先日も家にあった資料の類をひっくり返していたら、意外なものを発見しました。
この映画が撮影された昭和10年度の海軍遠洋航海に参加されていた兵学校卒業者(いわゆる少尉候補生)の方々が戦後に纏められた【無二の航跡】という文集がありまして、その口絵ページに掲載された思い出の写真の中に円谷さんと思しき姿が写っていたのです。

それはニュージーランドのマオリ部落を訪れた日本人一行のスナップ写真なのですが、厳しい軍服の群れに混じって見覚えのある山高帽子に背広姿の人物が
たたずんでいるのです。ともかく小さな写真ですので写っている人たちは豆粒ほどしかなく、その顔立ちもハッキリとはしませんが、まず間違いなく御本人だと判断しました。
これまで出版された円谷英二写真集の類いにも掲載されたことのない写真でしたので、「オヤ、こんなところにいらっしゃったのですね」と何だか嬉しくなってしまいました。

それと、前回少し触れた【海軍三等士官裏街道】なる著作なのですが、これを書かれた堀之内芳郎・元海軍少佐(戦時中は駆逐艦「蓮」の艦長を勤めらたとか)によりますと、遠洋航海中ひどく海が荒れて、本職の船乗りの人たちですら船酔いに悩まされたときも円谷さんはゲーゲーと反吐を吐きながらもカメラを放さずに荒天下を行く艦隊の姿を撮影していたそうで、そのプロ意識の高さに心を打たれたとのことだそうです。
何だか円谷英二ファンであることが誇らしく思える逸話だと思い、ご紹介させていただきました。
それでは。


1542 Reply Re:おや、こんなところに円谷さんが… 殿様ギドラ Mail 2007/02/17 13:38

さすがは海軍大臣さん、海軍関係になんとお詳しい!
「赤道越えて」を見るのが楽しみになる逸話ですね。

20年ほど前のこと、古書市で「SFマガジン」のバックナンバーを漁っていたら、円谷監督のインタビュー記事を発見したことがあります。
たしか、「SFを創る人々」という連載コラムだったと思います。
迷わず購入して大事に大事にしまい込んだら、引っ越しを繰り返す内にどこにしまい込んだかわからなくなってしまって・・・。
どうも資料整理が上手くない殿様ギドラ。
インタビューの内容は、円谷監督が空飛ぶ円盤を目撃した話でした。

(海軍大臣さん、ひょっとしてもしかして、円谷英二監督に関する御著書がおありでは??)

1536 Reply どろろ 殿様ギドラ Mail 2007/02/10 19:17

いやー、ぎりぎりセーフか。

開巻一番、架空の国、架空の時代であることが示されて、酒場の様子なんかが無国籍を強調するものだったので、
『ZIPANG』や『あずみ』(←本来は無国籍ストーリーではないけれど映画はそんなものだった)みたいなものになってるんじゃないのか、
とものすごく不安になった『どろろ』。

なかなかどうして、構成演出ともに安心してみていられる手堅さがあって嬉しい驚きでした。
アクションのキレもあり、ごまかしのない映像構成も気持ちよい。

「どろろ」はアニメ版しか知らないけれど、諸処の改変はあるにせよ、まずまず原作の精神を引き継いだ快作だな、と思ってみていたら、
うぐーーーーーーーー、最後の最後があれではなぁ。
ネタばらしはしないけれど、乗り移られモノによくある例の展開を持って来ちゃうんだもんなぁ。
それを使っちゃ絶対ダメとは言わないけれど、「どろろ」における景光があれはないでしょ。
あれでは、人間の心に巣くう「魔」を表現することは出来ません。

それとどろろを柴咲コウが演じた理由も不明。
どう見ても大人の女でありますから、それを不自然にしないためのシナリオ上の工夫はあって、格別におかしなところはなかったとは言えます。
わからないのは原作のままに出来なかった理由です。
まあ、原作通りだとお色気が足りないという配慮でしょうか?
(といっても、柴咲どろろがお色気を出すシーンもありませんが)

もうちょっと良くなかったところを並べておけば、
音楽がダメ。
深みがなく、思いつきレベルを超えていません。
それから景光の城がヘン。
なんであんなデザインにしたんでしょう。まるで「戦国自衛隊1549」のいびつ城みたい。
ミスチルの主題歌がミスマッチ。

というところかなぁ。

ロケ地が外国なので日本じゃないよなーという感覚になっちゃうわけですが、そこはまあ、架空の国という設定なので突っ込みどころではないけれど、
「どろろ」は日本の話にしたほうが良かったと思いました。
侍が台頭してきた戦国時代という背景があればこそ、身分による差別というテーマも織り込めたはずが、この映画ではそんな社会性は希薄になってます。

などと貶しておいて、それでも全体としてちゃんと楽しめましたよ。
百鬼丸と育ての親(原田芳雄)との心の繋がりが丁寧に描かれていますし、なにより妻夫木クンの百鬼丸がちゃんと百鬼丸に見えたので満足。
両腕の刀を振るって戦う様には冨田勲の音楽が欲しくなりましたぞ。

(家に帰ってからアニメ版の最終2話を見直したら、音楽の差に愕然としたのよね。♪ほげたらほげたらの「どろろの歌」はクレージーソング「はいそれまでヨ」と「ホンダラ行進曲」を合わせたような名曲じゃ)

TV局絡みの「話題の大作」のわりにまともな映画になっていたのが実に嬉しいのでした。
(しかししかし、実の父親との対決まで描きながら、残る魔物は24体とはどーゆー了見だ?あからさまに続編を作りまっせという姿勢にどっちらけ。続編なんか要りません)
でも今上映中の作品の中では、『どろろ』より『墨攻』のほうをお勧めします。

1540 Reply イノさーん! ゾンデ5号 2007/02/16 18:12

「本多猪四郎監督」の公式サイトが作られました。
夏木陽介さんなどの俳優や、監督の奥様きみさんのメッセージなどもあります。
(URLを入れると投稿出来ないので入れませんでした)
故人の業績を残してくれるのはありがたいことです。

1543 Reply Re:イノさーん! 殿様ギドラ Mail 2007/02/17 13:43

おおお!
知らなかったです。

没後10年以上も経っているのに、こういう動きがあるというのは嬉しいことです。(もうじきご命日です)
ファンからのメッセージも受け付けるということなので、何か書かなきゃいけませんね。

ゾンデ5号さん、お知らせ下さり本当にありがとうございます。

いちおうh抜きでURLを
ttp://www.ishirohonda.com/

1545 Reply 看板に偽りありといえども… 海軍大臣 2007/02/19 12:54

先日、浅草名画座にて【新幹線大爆破】を、これまた何十年振りにスクリーンで見てきました。
イヤハヤあの面白さは、昨今のノンストップナンタラとか呼ばれる作品の比じゃありませんね。私とはいつも御神酒徳利みたいにつるんでいる若い友人も、完全にKOされたようでした。また、上映中でもいつもケンカしたりクダを捲いたりしている浅草のオジサン方も、珍しいことにこの作品ばかりは固唾を呑んで銀幕に見入っていました。
 
この作品の作られた年(昭和50年)は和製パニック映画ブーム最後の年で、「大爆破」とか「炎上」などとタイトルにデカデカと謳い上げながらも、それが未然に阻止される映画が相次いで公開されましたね。
本来なら、看板に偽りありというコトになるのでしょうが、自分としては2本とも非常に面白く観賞した覚えがあります。(まだ小学生でしたが)
この辺り、「沈没」と銘打ちながら最後まで沈没しなかった昨今の作品とは、映画的な面白さの点で大変な懸絶を感じてしまいます。

それから、シネマヴェーラ渋谷でのマキノ特集が先日漸く終わりました。
一応、殆どの作品に通いましたが、その娯楽映画としての完成度の高さは驚くばかりです。
取り分け【次郎長三国志】シリーズなどは、黒澤監督が丸1年かけて【七人の侍】を撮影しているのと同じ時期に3本も4本も、あれだけのクオリティーのものが量産されていたのですから、往時の日本映画界とはマサに恐るべきものだと感じました。

昨年は日本映画復興の年だとか騒いでいましたが、TVでやっていた今年の日本アカデミー授賞式を見ていて空しい感慨を覚えてしまったのは、私だけでしょうか?

追記)

 海軍大臣さん、ひょっとしてもしかして、円谷英二監督に関する御著書がお ありでは?

とのご質問ですが、恥かしながらご推察の通りです。

1546 Reply Re:看板に偽りありといえども… 殿様ギドラ Mail 2007/02/21 16:37

『新幹線大爆破』は面白い映画でしたね。
そして『東京湾炎上』も。
たしかに、どちらも爆破、炎上しないわけですが、ストーリーを引っ張る力点は別のところにあるのですから、観ていてだまされたと感じることはないです。
「炎上」のほうは、現在にも通用する国際格差の問題まで含められていて、これまた志の高い作品でした。

マキノ時代劇はほとんど観たことがないのでした。
いかんいかん。今後精進いたします。
とはいえ、ここ数年はCSの充実で古い邦画を観る機会が激増しておりまして、
私も、かつての邦画がどれほどハイクオリティであったかに驚嘆しております。
質と量を掛け合わせればまさに世界一だったのではないかと思います。

日本映画が衰退した理由はさまざまなのだと思いますが、
昨今、ちょっと客入りが良くなったからと言って、やれ世界に通用する産業として育てるだのなんだのと主に経済の視点からやいのやいのと騒いでいる様子にはまったく呆れます。

邦画の絶頂期の水準作にすら及ばない映画ばかりではないですか。
まったく情けない。

>  海軍大臣さん、ひょっとしてもしかして、円谷英二監督に関する御著書がお ありでは?
>
> とのご質問ですが、恥かしながらご推察の通りです。

やはり!!
書名を明かすのはさしさわりがあるでしょうか?
怪獣以前の円谷英二に絞ったあの力作だろうと勝手に想像しています。
読ませて頂いたとき、その取材力にただひたすら脱帽し、また、昭和史の勉強にもなる名著であると感激しました。

1547 Reply Re:看板に偽りありといえども… 海軍大臣 2007/02/23 12:59

拙著に対して望外の御評価を賜りまして、誠にありがとうございます。

あの本について以前にお取り上げいただいたのを私が知りましたのが、随分後になってからだったので、ご挨拶が遅れ、大変失礼いたしました。
(何しろ私め、仲間内でも「脅威のアナログ人間」と呼ばれておりますほどで、インターネットなるものに手を付けるようになったのも実は極々最近のことなのです。)
 
さて、商業出版のクセに誤字等が多いとのご指摘ですが、全くその通りで汗顔の次第です。
言い訳のようですが、実は最終校正の直前に担当編集者が急に退職されてしまい、出版社サイドの引継ぎの不手際もあって、訂正されるべき部分がそのまま印刷されるという、考えられないコトが起きてしまったのです。(その最たるものが、下巻の帯のトンデモない誤表記です。)
全く不体裁なこと甚だしく、また、お買い求めいただいた方々には大変申し訳なく思っております。

あとがきにも書きましたが、私のような全くのシロウトが書きましたものですから、当初持ち込んだ歴史書関係の出版社では全く相手にされず、一時は自費出版まで考えていた位でした。
その後、応募したコンペに何とか引っかかり、上梓の機会を得たワケなのですが、本サイトでご指摘いただいた様に、商業出版物を出す以上、単なる作者の自己満足だけで終わってはならず、お買い上げいただいた皆様への責任というものも、もっともっと感じねばならないと痛感いたしました。

円谷監督に関しては、まだまだ書き足りない部分もあります。
些かマニアックな内容になってしまう恐れもありますが、ご迷惑でなければ今後も投稿させていただきたいと存じます。

それでは。


1548 Reply Re:看板に偽りありといえども… 殿様ギドラ Mail 2007/02/23 18:24


やや、ここで書いた感想をお読み頂いていたんですね。
なんとも偉そうな書きようで、まさか著者ご本人に読んで頂けるとは夢にも思わず書いてしまって、大変失礼いたしました。

裏にはそんな事情がおありだったのですね。
出版社にはもっとしっかりして欲しいものです。

以前書いた感想に付け加えるなら、読後に切望したこととして、この本をお書きになった方にいろいろとお話を伺いたいということでした。
webでお名前を検索したり、なにが手がかりはないかと探してみたこともありました。
まさか、この掲示板にお越しいただけるなんて。

怪獣ファン、特撮ファンという方は世に多いですが、円谷英二ファンとなるとまだまだ少ないように思います。
幸い、この掲示板に投稿してくださる皆さんは円谷英二作品に意識的でいらっしゃる方が多いです。

どうぞ、これからもいろんなお話をお聞かせ下さい。

それから、続編執筆も希望します。
(海軍大臣さんの本が何であるかは、過去ログを漁るとわかります、というのでは不親切かなー。アマゾンでも売ってますよー。みんな、買いましょう。円谷英二ファンならチェック済みが当たり前かぁ)

1549 Reply 3月4日にお願い 殿様ギドラ Mail 2007/02/23 18:41

伊福部昭音楽祭が来たる3月4日東京で開催されます。
多分チケットはソールドアウトなんでしょうけれど、ここでちょっとお願い。
(マイナー掲示板なので、あまり広くは伝わらないか・・)

以前卒寿記念コンサートを聴きに行ったとき、ほとんどの曲でやたらと拍手と歓声のタイミングが早くてげんなりしました。

感激を露わにしたい気持ちはわかります。
けれども、音楽はきちんと最後まで聴きましょう。
最後の一音が鳴るか鳴らないかのうちに拍手や歓声を上げてしまっては、残響音まで聞こえません。

歌謡曲ならともかく、ロックコンサートであっても、曲によってはホールにこだまする残響まですべて聞き終わって初めて終曲となるのです。
(ちゃんと音楽がわかっている人は、慌てた拍手なんかしません)

いや、それが私の個人的な音楽の聴き方なのだとしても、音が場内に残っている間は音楽以外の音を立てて欲しくありません。
残響まで聞きたい聴衆もいるということを知っておいて下さい。

米寿記念コンサートではそんな不満を感じなかったのになぁ。
(客層が変わってきた?)

1550 Reply 地球最大の決戦 ゾンデ5号 2007/02/23 21:49

『三大怪獣 地球最大の決戦』ですが、自分が一番大好きなゴジラ映画であります。
最初に見たのが幼稚園のころ(10年くらい前です)で、BS2で夜にやってたのを見ました(新聞欄でそれを見つけたときは本当に喜びました)
子供にはよく分からないといわれていたサルノ王女を巡る攻防戦は、5歳の自分でもスリル満点で楽しかったですよ。(夏木陽介さんの間が抜けたキャラなんかも好きでした)
ストーリーも理解は出来ていたし、この歳で昭和の方がVSシリーズより面白いと感じ始めておりました。

また、子供のころからこの映画のゴジラとラドンの漫才っぷりが大好きです。
擬人化といえばそれまでですが。
しかしこの映画の偉い所は、怪獣がお茶目な仕草してても、人間からすれば立派な災害であるというのを示していたところだと思います。
ゴジラとラドンとの「どつきあい」でも、人間が被害を被ってはいましたし、怪獣をオチャラケなものにはしてませんが、20年位前はそこんとこ視野に入れられずボロクソに言われてたんですね。

成長してから見ると、円谷英二監督の特撮の素晴らしさもさることながら、本多監督のさりげない描写で、ゴジラ・ラドン・キングギドラによる怪獣騒ぎに社会はとんでもないことになっていると感じられるのに敬服しています。
例えば、食堂(?)で国防会議をやっているテレビを、固唾を飲んで見守る大勢の人々なんかいい例です。
本多・円谷コンビの醍醐味を堪能できる素晴らしい映画ですね。
でも、「怪獣が会話するなんて」などの理由で未だボロクソに言われてるのがちょっと悲しかったり・・。


1552 Reply Re:地球最大の決戦 殿様ギドラ Mail 2007/02/26 16:55

『三大怪獣地球最大の決戦』は素晴らしい映画です!
私が言うんだから、間違いない!!(←そーなのか)
ゾンデ5号さん、悲しむことはありません。
この映画を貶す連中が蒙昧なだけです。

いちおう惜しい点を書いておくと、短期間で製作しなければならなかったために「こってり感」が足りないところぐらい。
(『キングコング対ゴジラ』や『モスラ対ゴジラ』に比べると緻密さに欠ける??)

なーんてことを吹き飛ばす、キングギドラの魅力と、広がりのあるストーリー!!
シナリオのおもしろさはゴジラ映画ナンバーワンです。

そりゃ、怪獣演出にコミカルな面を取り入れているのは確かだけれど、いやいや、擬人化というのとはちと違うと思いますよ。
野生動物だって、感情を表す仕草をします。
動物の擬人化というのは、ミッキーマウスが服を着ていたり、ジェリーがベッドに寝ていたりすることよ。

そして、ゴジラやラドンがしゃべるとは何事かという意見も見当はずれ。
モスラがいる世界なんですから。
小美人はテレパシーを使えるのですよ。
モスラと小美人がテレパシーで繋がっているのは『モスラ』および『モスラ対ゴジラ』でも描かれていること。
ゴジラ、ラドンの知能がどれぐらいなのか、イルカやクジラより頭が良くてもおかしくはない。
怪獣にテレパシーがあるのではないかという発想は『キングコング対ゴジラ』にもほのめかされますからゴジラ・ラドン・モスラに会話が成り立つことに不自然さはなく、それを小美人が人間に通訳して何が悪い?
(まあ、あくまでも怪獣をでかい爬虫類だと考えたい人には受け入れがたいのでしょうが)

さらに、怪獣たちの言い分に耳を傾ければ、ここに、(当時の)怪獣映画がどんな発想で作られていたかがはっきり示されています。
ゴジラは、人間が怪獣をいじめていると感じているわけです。

ゴジラが人間を敵視しているわけではない!
作品を注意深く見れば、初代ゴジラでさえ、人間を敵視してはいないのです。
怪獣は人間に攻撃されるから反撃しているだけ。
それが積もり積もって、「人間を助ける理由はない」となるわけです。
(ゴジラは「人間を滅ぼしてやる」なんて一言も言ってません)

もちろん、怪獣が人間に善意を持っているなんてこともないので、
人間様の都合などお構いなしに動き回りもするし、喧嘩もするということ。
人間にも怪獣を攻撃する理由はちゃんとあるわけです。

怪獣という人間に負けない動物を登場させることで、動物としての人間を相対化するのが怪獣映画の基本。
人間が良ければそれでいいのか?という問いかけとも言えます。
あるいは、人間の科学が大自然に勝てるのかという問いでもある。
それは『ゴジラ』にもちゃんと含まれている発想です。
『三大怪獣地球最大の決戦』は見事な怪獣映画です。

『三大怪獣地球最大の決戦』をダメな映画だなーんて言う輩は、怪獣は「悪」であって「善なる」人間さまが怪獣を殺す映画を怪獣映画だと勘違いしているんでしょう。



1557 Reply Re:地球最大の決戦 ゾンデ5号 2007/02/27 20:51

「三大怪獣」は確かにこってり感が足りないのは、事実ですがそれでも「モスゴジ」以上の大規模なストーリーを纏め切れた関沢新一先生は素晴らしいですね。
しかし、「三大怪獣」でゴジラが堕落したといわれる人はよく映画を見てください。
いくら怪獣が子供の喧嘩のごとく戦おうが会談をしようが、ちゃーんと人間が災害を被っているという描写はあり、ゴジラは「怪獣」であるという概念は崩してませんよ。(本多・円谷コンビはそこらへんのバランス感覚は絶品)
ゴジラが人間を敵視してるというのも間違いで、初代ゴジラも逆襲ゴジラも人間なんかお構いナシです。(初代は多少気にしているような部分がありましたが、『逆襲』ではもはや人間なんか眼中に無いです)
それがゴジラの魅力であったはずです。
イライラする人間社会をぶっ壊してくれるというのもゴジラの魅力のはずなんですが・・。

で、「三大怪獣」の次に「ゴジラの逆襲」の事も。
あまり人気は無い作品ですが、自分は大好きです。
ゴジラ大阪上陸前の緊張感は素晴らしいし、なんつっても人間サマなんかお構いなしに争うゴジラ・アンギラスが溜まりません。(怪獣スペクタクルの王道!)
何気に神子島のミサイル攻撃の特撮も素晴らしいです。
本多・円谷コンビと比べるとやや綿密さに欠けますが、それでもあの怪獣スペククルは本当良いです!
「怪獣プロレス」が怪獣映画をダメにしているなんて嘘っぱちだと思わせられる作品ですよ。


1554 Reply Re:地球最大の決戦 ねろんガボラ 2007/02/27 00:19

 おひさしぶりです。僕も大好きです「地球最大の決戦」。モスラの糸を喰らって頭をかくゴジラがかわいいです。ゴジラ、ラドン、モスラ、ギドラ、王女、暗殺団、一般市民もろもろ、あれだけ多くの要素を違和感なくまとめる展開の交通整理の見事さ!素晴らしいです。

 若手のファンには平成以降しか見ない輩もいるそうで、なんとも勿体無い限りです。あんなんしょせん「サンダ対ガイラ」の劣化コピーやん。

1555 Reply Re:地球最大の決戦 海軍大臣 2007/02/27 13:01

【地球最大の決戦】は私の生まれた年のお正月映画でした。
併映はクレージーキャッツの【花のお江戸の無責任】と聞きますから、何とまぁ豪勢な2本立てでしょう!

しかもコレ、実は「穴埋め番組」だったといいますからオドロキです。
ご存知の向きもあると思いますが、当初、年末の目玉作品として予定されていた黒澤監督の【赤ひげ】が間に合わなくなり、急遽、登板が決まったのが、この2作品なワケなのです。
言葉は悪いかもしれませんが、日本映画史上、最強の穴埋め番組と呼んでよいのかもしれませんね。

スケジュール管理の観念など度外視した黒澤監督の「天皇振り」は会社サイドにしてみれば迷惑至極だったかもしれませんが、無責任な後世の我々からすれば、お陰でこんな楽しい作品が見れるのですから感謝せねばなりません。

しかし、盟友・クロさんの尻拭いのために、本多猪四郎監督と、師匠筋にあたる山本嘉次郎監督が一肌脱いでくれたのですから、黒澤監督本人にしても映画人冥利に尽きたのではなかったでしょうか?

さて、そのヤマカジ監督の【花のお江戸の無責任】なのですが、同じクレージー映画であってギャグやレビューの場面の演出がこれまでの古澤憲吾監督のとは明らかに違っています。取り分けレビューシーンの描き方は、往年のエノケン映画の歌のシーンを彷彿とさせてくれます。ヤマカジファンとしては嬉しいことですが、昔オールナイトで見たときには、普段の古澤イズム(?)に慣れているクレージーファンには少し異質に感じられていたようでした。

ところで【花のお江戸の無責任】のラスト、見事に本懐を遂げた助六(植木)に吉原の遊女たちが拍手喝采とともに、手にした煙管を投げかけるところがありました。
何でも遊女が相手に煙管を渡すのはラブコールの意味があるとのことで、そうした花魁たちたちからモテまくることを、「銀の煙管の雨が降る」という廓言葉があったそうです。(もちろん、今では死語でしょうが)」
つまり、粋筋しか知らない慣用句の喩えを画面に仕立ててみせる辺り、多芸博識なヤマカジさんらしい洒脱な大団円だと思います

何だかクレージー映画のことばかりになってしまいましたが(何しろ好きなもので)、ゾンデ5号様、自分の好きな作品であるならば、何も周囲の評価など気になさることはないと思います。
私なぞは若い頃から【オール怪獣大進撃】が一番好きなゴジラ映画だと公言して憚らずにきた位ですから。(最近こそ再評価の向きがあるみたいですが、当時の評価はボロクソでしたよ)






1556 Reply 訂正 海軍大臣 2007/02/27 17:19


> (誤)同じクレージー映画であって→(正)同じクレージー映画であっても
>
>
> (誤)そうした花魁たちたちからモテまくることを、
→(正)そうした花魁たちたちからモテまくることを意味する


1558 Reply Re:地球最大の決戦 ゾンデ5号 2007/02/27 20:57

>海軍大臣さん
> 私なぞは若い頃から【オール怪獣大進撃】が一番好きなゴジラ映画だと公言して憚らずにきた位ですから。(最近こそ再評価の向きがあるみたいですが、当時の評価はボロクソでしたよ)

自分も実は「オール怪獣」好きです。
「怪獣映画」ではありませんが「ファンタジー映画」としてはかなり楽しめます。
天本英世さん演じる優しいオジサンや、石田茂樹さんのアパートの大家さん、佐原健二さんの一郎パパやその同僚・佐田豊さん、沢村いき雄さんの屋台の親父、田島義文さんの刑事なども実に良い味を出してて、実にほのぼのしてて良い映画です。
(天本英世さん死去時にギドラさんが「天本さんの魅力は不気味さばかりでない」と書いてましたがそれが実感できます)



1559 Reply Re:地球最大の決戦 海軍大臣 2007/02/28 12:46

> ゾンデ5号様

> 「天本さんの魅力は不気味さばかりでない」

まさにその通りだと思います。
私が一番好きな天本さんの役柄は、前述のオモチャコンサルタントのオジサンと、それから岡本喜八監督の【江分利満氏の優雅な生活】のときの「普通のサラリーマン」です。
どちらもペーソスのある、素敵な役柄でした。
特異な風貌のため、どうしても特殊なキャラクター役ばかりが注目されてしまい勝ちですが、黄金期の映画俳優さんの引き出しというのは、決してそんな浅いものでは無いということが実感されます。

あと、私の友人が天本さんを街で見かけたときの話があります。
もう十何年も昔のことですが、新宿の繁華街(だったかな?)を天本さんがいつもの黒尽くめ服装にマントをたなびかせた姿で闊歩されていたといいます。
そして、通りすがりの子供が気がついて、
「あっ、死神博士だ!」
と叫んだところ、天本さんはこれまたいつもの調子で、
「い~か~に~も~」
とのたまい、カッコ良く颯爽と歩み去っていったそうです。

故人の人柄が偲ばれるようで、私はこの逸話が大好きです。






1564 Reply Re:地球最大の決戦 殿様ギドラ Mail 2007/03/02 16:13

レスが遅くなっちゃってすいません。

さすがと申しましょうか、ギドラの巣にいらしてくださる方に『三大怪獣地球最大の決戦』が嫌いな人はいないという嬉しいレスの数々。

>ゾンデ5号さん
『~逆襲』もいいですね。
ストーリー構成は人間ドラマにシフトしすぎていて私の好みではないけれど、怪獣バトルの醍醐味は素晴らしい。
(カット割りに多少速成っぽい感じはあるけれど)
建物の壊しが実に丁寧。

天本英世さんが亡くなったときの記事もお読み頂いてましたか。
この掲示板を始めてごく初期の投稿でした。
「天本さんの魅力は不気味さばかりではない」と書いてくれたのは、兄貴赤さんです。
私もまったく同意見でありますけれど。

>海軍大臣さん

『花のお江戸の無責任』もおもしろかったですねぇ。
煙管の雨が降るシーンにはそんな意味があったんですね。
当時の大人がにやりとする粋な演出だったのだなぁ。
(元ネタを知らなくても充分意味は伝わるシーンでしたし)

天本さんの「い~か~に~も~」のエピソード、目に見えるようです。
聞いた話で、「平成教育委員会」にレギュラー出演なさっていたころ、ゲストに政治家が来ることもよくあって、
他の出演者たちが政治家に対して「先生」と呼んでいる中、頑として「先生」とは呼ばなかったそうです。
(政治家のセンセイたちには、先生と呼ばれないとへそを曲げる人もいるんですよ)
そんな気骨のある姿勢も素敵でした。

>ねろんガボラさん

いやー、お久しぶりです。
平成以降しか見ない若手ファンなんて、まー、なんつーか、その程度のものですな。
>あんなんしょせん「サンダ対ガイラ」の劣化コピーやん。

その通り!
全部が全部とは言いませんが、『サンダ対ガイラ』を意識したと思われるもののなんと多いことか。
たしかに自衛隊対ガイラのシーンは緻密に組み立てられていて名場面になっていますよ。
けどねー、なんであんなに『サンダ対ガイラ』ばっかり持ち上げる風潮が出来上がっちゃったんでしょうね。
それが行きすぎて、メーサー車さえ出せばいいような、怪獣と軍隊がドンパチやればそれでいいような、実に浅い怪獣映画が連発されてしまったんじゃないでしょうか。
(へーせーガメラも例外じゃないよ。メーサーは出ないけど)

1553 Reply 新しき土とサンダ-マスク ルー等級つつ大臣 2007/02/26 20:58

あちこち探し回ってようやく両方とも見ることが出来ました。
(とはいえ「新しき」の方はレンタル屋、サンダ-のほうは昔録画したビデオから)
さてさてまず「新しき土」から。
でーぶいでーに収録されてたのはファンク版ですが内容は外国かぶれになって帰国した小杉勇(役名忘れてしまった・・・)さんが許婚であり帰国したら結婚する予定だった光子(原節子)をほとんどスルー状態にして外国娘といちゃいちゃ(嗚呼・・・。)だったのですがやがて妹と共に相撲試合を見るにつけ自分の中の精神にある日本に少しずつ気付きショックのあまり浅間山に自殺しにいく光子の事を知ってようやく小杉さんが自分の中の「日本」に気付き助け出すといったものですが
さすがに演出が古めかしいかつしかもそれほど出来が良くないなと思いました。
(演出的にじっくりと丁寧に・・・ってのではなくやたらとだらだらした感じでテンポが悪い。そりゃ昭和12年の作品ですが・・・というものではなく意味無く流行歌を垂れ流したり無駄が多い演出ぶり・・・・。それでも最近の作品に比べたらマシです。)
ですが後半、いきおい火山が噴火し地震が民家を倒壊しなおかつ火山弾が降り注ぐという特撮スペクタクルへと大変貌しこれを機に演出も前半とは雲泥の差の入魂の演出ぶりです。
(古めかしいと感じたのはさすがに後で音楽だと気付きました。作詞は北原白秋という豪華さなんですがさすがに時代を感じた)
で、特撮に関しては思ったより出来が良くこの作品を語る上でよく言われるスクリーンプロセスだけでなくミニチュア特撮もありまして冒頭の日本列島の俯瞰や後半の火山のシーンは精巧に作られた民家のミニチュアを地震と火山弾が襲ったりするという豪華なものでこの作品を後世まで語られる作品となったのは円谷監督の作品だったと思うほどです。
もっともこの作品に触れられてる「外国かぶれ」の日本人というところは半世紀経っても改善されてない(か?)ところですが・・・。
で、もう一方の「サンダ-マスク」は第1話の本多監督作品のみ偶然残ってまして
久々に観たのですが本多作品にしては随分丁寧でないな・・・というのが真っ先に
思いました。
(それでも科学パトロール隊が出撃するシーンや群集退避シーンはさすが本多監督!と思いましたが。)
何か本多監督の身に何かあったのか!?と思うほどアバウトかつ大雑把な印象がありましたね・・・。
(魔王デカンタがいきなり高瀬博士の研究所にあるスクリーンに現れ研究所員をびっくりさせたり高瀬博士以外の科学者が殺されそれでもなおサンダ-マスク発掘をやめようとしない高瀬博士を無理やり引きずる科学パトロール隊長やサンダ-マスクをようやく見つけ地上に出した瞬間、魔王デカンタが出現したにも関わらずちっとも攻撃しないパトロール隊の面々など・・・・。)
そしてサンダ-マスクは2段変身して巨大化するヒーローでありますがその変身も実にあっさりし過ぎて呆気ないものだったりとそして止めは俳優陣の演技があまり巧くないし音楽も緊張感はゼロだし特撮も低予算モロ出しの精密さがないなど相当辛い作品でしたね・・・。
(尤も成田マキホ氏がデザインした摩獣コンコルンはユニークで同時期のウルトラ怪獣を凌いでました。この作品で唯一素晴らしいと思った点はデザインでしょうね。)

1563 Reply Re:新しき土とサンダ-マスク 殿様ギドラ Mail 2007/03/02 16:11

どもども~。
ギドラ掲示板での依頼にお応え頂いてありがとうございます。

「新しき土」、映画全体としてはそんなにおもしろくはないですよね。
私もファンク版しか見ていないんですが、なんともわざとらしい日本賛歌で、メリハリもなく・・・。
でも、円谷特撮には一見の価値あり、という作品ですね。

「サンダーマスク」の感想は実にありがたいです。
どうやら権利関係のもつれか何かで現在は視聴困難らしいです。
やっぱり辛い作品でしたか・・・。
昔観た印象でも大したもんじゃなかったなーとは覚えているんですが、
特撮作品の少ない時代だったので、そこそこ喜んで観たように思います。
(でもときどきだったけど)

私は偶然、手持ちのビデオで「ミラーマン」第一話を観ていました。
本多監督らしさの発露というほどのものはあんまり感じなかったんですが、第一話にはウルトラとは違ったことをやろうという気合いが溢れていておもしろかったです。

1565 Reply Re:新しき土とサンダ-マスク ルー等級つつ大臣 2007/03/05 11:39

遅レスすいません。
「サンダ-マスク」の件に関しては版権のほうがどうもあやふやな状態でソフトが出せない状態のようです。
(製作したひろみプロのほうで権利を騙し取られたとか。しかも騙し取ったのがガンダムの創通エージェンシーですっかり過去のもの扱いとなったために尚更困難になったとか。)
でもさすがにあれは久々に観て辛い作品でしたね。
主題歌も「・・・・。」だったし。
しかしまさかこうなるとは思ってなかったので保存しといて良かったと思いました。
で、一方の「新しき土」のほうですがファンク版のほうが特撮シーンが多いということはそれだけ円谷監督をファンク監督が買っていたということですよね。
(当サイトのレスありがとうございました。)
確かにわざとらしい日本賛美の作品ではありますが円谷特撮が檜舞台に出られた本格的に最初の作品ということで無視出来ない作品だとは思ってます。


1568 Reply Re:新しき土とサンダ-マスク 殿様ギドラ Mail 2007/03/08 17:47

そうそう。
『新しき土』はDVDが発売になってますから、円谷英二ファンは是非観ましょう!

1569 Reply 伊福部昭音楽祭 殿様ギドラ Mail 2007/03/08 17:49

去る3月4日日曜。
東京はサントリーホールで行われた伊福部昭音楽祭について簡単に。

内容は3部にわかれており、第一部では箏曲と歌曲、第二部映画音楽、第三部管絃楽曲という構成。

第二部では曲に合わせた映像が大スクリーンに映し出されるという趣向あり。

おなじみSF交響ファンタジー第一番、銀嶺の果て、座頭市物語、ビルマの竪琴、わんぱく王子の大蛇退治、オーケストラのための特撮大行進という曲目でした。
銀嶺の果てタイトル曲は現存するフィルムのサウンドトラックから聞こえるものとは相当印象が違います。
後半の音が厚くなっていくところの迫力が半端じゃありません。
座頭市物語タイトル曲のためだけに琵琶奏者の方が出てきたのも素晴らしい。
でも映画音楽の録音なら琵琶の音量を電気的に操作できますが、生演奏ではオーケストラの音に埋没してしまったみたいで、2階席では琵琶の音がよく聞こえなかったらしい。
幸い私は相当前の席だったのでちゃんと聞こえましたけれど。

曲の合間に映画関係者が伊福部先生について語るコーナーが設けられ、富山省吾氏、高畑勲氏がゲストとして招かれました。
わんぱく王子の大蛇退治からはアメノウズメの舞が該当シーンの映像とともにまるまる演奏されて、映像と音の饗宴!
高畑さんが「ちょっとずれているところがあったけど」と残念そうにおっしゃっていたのが印象的。
富山省吾さんからはゴジラの将来についても少しコメントあり。
やっぱりまた作る気はおありのようでした。
しかし・・・。
世界の才能を集めて云々というのはどうなんでしょう。
徒にゴジラを無国籍化させる結果になりはしないでしょうか。
イタリア人が演奏した伊福部音楽はへんてこりんなものになってましたよ。
アメリカで作ったゴジラがどうなったか、日本で作ったキース・エマーソンだのカイル・クーパーだのを起用したゴジラ映画もありましたが、音楽やタイトルはあれで良かったんでしょうか。
ゴジラは日本人の手で作るべきです。

とはいうもののじゃあ、誰が?

伊福部昭音楽祭は今後毎年開催する予定とのことです。
なんと喜ばしいことか。
来年は「釧路湿原交響的音画」を映像付きで、是非!
それからSF交響ファンタジー全曲演奏も聴きたいですね。

1574 Reply Re:伊福部昭音楽祭&海軍爆撃隊 海軍大臣 2007/03/12 12:51

私も行っておりました、伊福部昭音楽祭!

83年の日比谷のときまでの盛り上がりはありませんでしたが、十二分に満足できました。
ただ、先にギドラ様が「3月4日にお願い」で訴えられた悲願は残念ながら今回も果たされませんでしたね。
取り分け【シンフォニア タプカーラ】では第一楽章が終わったところで拍手が起きてしまい、ちょっと残念です。(確かに【タプカーラ】の一楽章は大変盛り上がりがありますが…)その昔、84年の上野でのコンサートのときも、やはり同じ部分でソソッカシイ拍手が入ってしまったことを思い出しました。

さて、その上野でのコンサートですが、あのときは先生のお弟子さんも皆さんまだ御健在で、その錚々たる面々が一同に加わって【日本の太鼓】を演奏された感動は忘れることが出来ません。あれから丸20年、まさに往時茫々という言葉が実感されます。
 

それと【海軍爆撃隊】をご覧になられたとのこと。
私もそうでしたが、さぞかし驚かれたことと思います。
また、【赤道越えて】で用いられているワイプ処理についてですが、その1年前に円谷さんが撮影を担当された【百万人の合唱】では、かなり凝ったアイリスワイプが、「ちょっとしつこいんじゃないの?」と感じられるくらいに多様されています。
これは、恐らくスーパーインポーズ用のマシンを改良した、初歩的なオプチカルプリンターを用いたものと推察されますが、一見の価値はあると思います。
この作品もフィルムセンターに収蔵されておりますので、機会があったら是非ご覧になられるようお薦めいたします。




1575 Reply Re:伊福部昭音楽祭&海軍爆撃隊 殿様ギドラ Mail 2007/03/12 16:27

おお、やはり海軍大臣さんもいらっしゃってましたか。
私がコンサートまで足を運ぶようになったのはここ数年のことで、83年伝説の日比谷のときなんて、ライブ盤の発売で初めて知ったようなていたらく。
84年上野というと、叙勲を祝うコンサートでしたでしょうか。
これもライブCDで聴いただけでした。

今回の音楽祭では卒寿記念(指揮は同じく本名徹次さん)のときよりも激しさが増したように感じましたし、伊福部音楽の「間」がより生かされていて満足でした。
(実は、卒寿のときは、石井真木指揮のほうが良かったなー、と少し不満だった。米寿記念では石井真木指揮だったのに、その後、石井真木さんがお亡くなりになってしまった・・・)

慌て拍手、何席というのか忘れましたが、オーケストラ後方、高い位置にある席の下手から毎回巻き起こっていたようです。
タプカーラ第一楽章での拍手は一階中央後方あたりだったような・・。

まあ、第一部、第二部ではほとんど寝ていて、第二部映画音楽の時だけ頭が上がっている人もいましたので、なかなかうまくいかないものですね。

『百万人の合唱』も未見作品の一つでした。
まだまだ精進精進!!

(ところで、東宝さん、『南海の花束』はまだDVD化されてませんが、『海軍爆撃隊』を特典映像として収録して発売というのはどーでしょうか!)

1570 Reply 海軍爆撃隊 殿様ギドラ Mail 2007/03/08 17:52

見た!見ました。
『赤道越えて』と『海軍爆撃隊』。

『赤道越えて』は実に貴重な記録フィルムでした。
紹介される各国の戦前の様子はなかなか見ることが出来ないでしょう。
(タイ〈当時はシャム〉の女性は短髪である、なんてもはや消え去った習俗)

それから海軍大臣さんのご指摘にもあった、エンディングの大プロパガンダには参りました。
要約すると本来日本の勢力圏内だったはずの国々が鎖国している間に欧米に獲られちゃったから取り戻せという案配。
領土的野心はないなどと言いながら、狭い国土に多くの国民を抱える日本は国民を海外へ進出させるのだとも。
んーーー、単に移民・移住を奨励するんだったら、欧米に負けるなとかなんとかいう話ではないでしょ。
でも、このプロパガンダ部分にはかなり凝ったアニメ映像が使われていて、それはそれで一見の価値ありでした。

主題に戻ると、『赤道越えて』では円谷監督の目線を感じることが出来ます。
海が荒れて船が揺れるというときに、航行する船や荒波を見せるのは当然として、艦内の洗面器が傾いて中の水がこぼれる様を1カット挿入するあたりに、
現象を映像で伝えるセンスを感じましたし、赤道祭のバカ騒ぎで大砲に扮した訓練生の様子をやけに丁寧に見せるあたりはふざけるのが好きだったんじゃないかと思ったり。

また、ところどころにワイプによる画面転換が使われていて、まだオプティカルプリンターがなかった時代にどうやったのかと不思議に思ったり。
劇映画ならばコンテをしっかり作っておけば、撮影時に処理することも不可能ではないけれど、
記録映画ではどう繋ぐか決まっていない状態で撮影しているわけで、ワイプ処理は編集段階でやるしかないはず。
(フィルムの1コマ1コマを写真にプリントしてアニメの要領で再撮影すれば可能だけど)

そして、『海軍爆撃隊』!
海軍大臣さんのリポートからおおよそのところは想像していましたが、まさかあれほどだったとは。
スクリーンプロセス大活躍なんではありますが、スクリーンに映写された背景とセット部分をきちんと同一空間に見せるための配慮が行き届いていて、臨場感が抜群でした。
それは、目線の一致だったり、飛びすぎる敵機の影をセットに走らせたりという細かいことの積み重ねです。

特撮カットと本編カットをどう繋ぐか、という発想ではなく、劇中の事象を一続きの実際に起こったことと捉え、それをカット割りしていった結果、カットの内容が特撮を要するか否かという割り振りをしているから違和感のない特撮シーンが出来たのだと思われます。
これは当たり前のことなのに、昨今の特撮映画では、特撮は特撮で独立して映像を考案し、あとで本編カットとすり合わせているように見える作品が多い。
そんな発想では、本編カットと特撮カットの時空間の一致など実現できるわけがありません。
(甚だしい例を挙げると、「ふぁいなる・うぉーず」でのエビラのシークエンス)

『海軍爆撃隊』では、ミニチュアの精度や操演の技術もまだ未熟ですが、コンテが丁寧で破綻がないので一枚イラストを列挙するような近年の特撮シーンよりずっと映画的でした。

また、この映画はストーリーよりも特撮戦闘アクションに力を入れたものであることが明らか。
全長79分のうち、発見された部分は47分であり、全体の2/3近くが見ることが出来るものの、そこにはクライマックスの爆撃行しかありません。
まさに特撮が主役になった映画といえるでしょう。

ただし、空戦が中心で、爆破される地上の様子は爆撃機の高度から俯瞰するだけなので、後年円谷監督が得意とするようになる破壊スペクタクルはありません。

それから、メカ描写が細かいことも特筆すべき点でした。
爆撃機が発進後に脚を引き込む動作も、機内でクランクを回す動作と収納される脚を交互に見せるとか、
銃座のセッティング、過熱した銃身に水(サイダー?)をぶっかけて冷やすところなどなど。

エンジン火災の熱で着陸用タイヤが一本ダメになっている、などという展開もメカのリアリティに大きく寄与しています。

ぐあーー、全長版、そして良好なプリントで観てみたい!!!

音楽は早坂文雄。
戦闘シーンにはまったく音楽を入れないという見切りが素晴らしい。
しかし、タイトル部とエンディングに聞こえる音楽が実に個性的で心を惹きつけました。

余談。
せっかくフィルムセンターまで行ったのだから、と展示室も見学しました。
現在は特別展として衣笠貞之助展が行われていて、『狂った一頁』製作時のものと思われる衣笠組の集合写真が大パネルになって飾ってありました。
いやー、いましたいました。
犬塚稔さん。
ももちろんだけど、円谷英二撮影補助係!
当時20代半ばだったはずだけど、やけに不敵な表情で写ってましたねぇ。
この写真自体は手持ちの資料で見たことがあったと思いますが、でっかく引き伸ばされたものを見ると感慨もひとしおです。

さらに、衣笠監督宛に著名人から来た手紙も展示してありまして、川端康成だの稲垣浩だのといった大物から手紙が来ているなーと見ていったら、
あった、ありました、円谷英二からの手紙。
しかも、fromホノルル!
ハワイにも映画館が増えていて、衣笠監督の『忠臣蔵』は大評判ですぜ、なーんてお書きになっている。
差し出し人住所が練習艦八雲艦上とな。
ああ、まさに『赤道越えて』の撮影中に出した手紙であったのか!

不思議な縁を感じた瞬間でした。(思わず涙をこぼしそうになってしまった)
閉館時間が迫っていて、展示をじっくり見ることが出来なかったのでなんとかしてもう一度行きたいものです。

さて、『狂った一頁』の復元版上映の情報です。
ttp://www.momat.go.jp/FC/fiafspecialscreening.html

東京はいろんなものがあってすごいや。
こういうところにも地方との格差があるんだなぁ、と地方出身者として思うのであった。
インターネットがもっと発達すれば、フィルムセンター所蔵の映画をオンデマンドで観られるようにすることも不可能ではないと思いますが・・・。
(著作権保護期間が過ぎた映画なら無料で見られるようにしてもいいんじゃないかなぁ)

1576 Reply 資金豊富なエド・ウッド? 殿様ギドラ Mail 2007/03/14 15:41

まーなんつーか、空虚な大作でした。
『蒼き狼地果て海尽きるまで』

モンゴルでの現地ロケと豪華な衣装、セットだけが見物。
あとは、落ち着いたカメラワークと合戦シーンの編集はまずますか。

ストーリーは骨組みのみで肉付けなし。
演技は児童劇のように記号的。

緩急がなく、どこがクライマックスだったのかさっぱりわからぬままエンドロールを迎えて目が点。

テムジン(チンギス・ハーン)の半生を描いているらしいけれど、
彼がどんな人間でどのように生きたのか、点描を並べているだけなので真に迫りません。
致命的だったのは、アンダの契り(義兄弟みたいなものね)を結んだジャムカとの友情と決裂がなにも描かれていないこと。
ジャムカはテムジンに対して信義を貫く気はなかったのでしょ?
少なくとも、この映画を見る限りそうとしか思えない。
のに、テムジンに絞め殺されるくだりのあの芝居は、なに?
感動なんかするか、ボケっ。

それから、息子ジュチとの関係もさっぱりです。
ジュチの内実が何も描かれないのでは、父子の対立と和解なんつードラマは成立してません。
そもそも、テムジンにはたくさんの息子が居たはずなのに、ジュチしか出てこないじゃないの。

政治的な動きも描かず、支配者の精神構造も描かず、なーんにもなし。

脚本や監督はベテランを揃えているのにねぇ。
(自分のこだわりだけで突っ走るプロデューサーがいかんのかなぁ??)
仕上がりは角川映画『天と地と』より少しマシというところか。

あんな映画を見るくらいなら、武侠ドラマ「射(ちょう)英雄伝」を観たほうがチンギス・ハーンのことがよくわかりますぜ。

脇役だけれどストーリー上重要な役割を担っていて、ジャムハ(←射ちょうではこう発音する)との関係も納得できる形で描かれているし、
複数いる息子たちの対立も織り込まれています。
武将、政治家、支配者としてのテムジンがきちんと描かれておりますぞ。

「射英雄伝」でのモンゴルパートもちゃんと現地ロケしてますから、風景の雄大さは『蒼き狼』と同じ。

さあみんな、金庸原作の武侠ドラマを見よう!レンタル屋にもあるヨ!!

と、この項を締めるのであった。

1578 Reply Re:資金豊富なエド・ウッド? ゾンデ5号 2007/03/16 15:08

いやー、自分も歴史ドラマということで少し注目してましたが、駄目でしたかぁ・・。
最近は「話題の超大作」ほど駄目になる傾向が強いようですね。
自分は小遣いの問題もありますが・・、面白そうな新作が無いので映画館に全く行ってません・・。
その代わりレンタル屋で昭和ウルトラや昭和仮面ライダーなどを借りるのが多くなっています(「帰りマン」のシーゴラス編のDVD借りました。かなり素晴らしい作品でしたよ
後近所のゲオに前に話題になってた「新幹線大爆破」と「東京原発」がありました)


1579 Reply Re:資金豊富なエド・ウッド? 殿様ギドラ Mail 2007/03/16 15:35

こんちはー。
そーなんすよ。
この時期に邦画として歴史劇を企画した志はあっぱれなんだけど、出来が悪くてはそれも虚しいわけで・・。

名作と言われる旧作をたくさん観るほうが自分の肥やしになりますよ。
「今」を追いかけてばかりでは大事なものを見失います。
(ゾンデ5号さんのやり方が正解!)

あ、でも、『東京原発』は近年の映画としては出色の出来です。
低予算のためスペクタクル感には欠けますが、作品の心はスケールが大きいです。
ぜひご覧下さい。
「射ちょう英雄伝」もよろぴく。

1580 Reply Re:資金豊富なエド・ウッド? ゾンデ5号 2007/03/16 21:50

> この時期に邦画として歴史劇を企画した志はあっぱれなんだけど、出来が悪くてはそれも虚しいわけで・・。

結局の所は「話題性」のみだったんですな・・。
この掲示板でも散々話題になってますが「質より金儲け」という製作者が多いのではないでしょうか。
昔の映画を見習え!といえば「懐古主義」になってしまうし、ちゃんとしたのを作らないと後世の人間から馬鹿にされますよ・・。(しかし今は、映画に味わい深さを求める観客が減少してるんじゃないでしょうか。
映画自体沈没の出来だった樋口版「沈没」も大ヒットだったしなぁ・・。)

マスコミが煽るほど実は日本映画は再生なんかしてないぞぉ、と思わせられる今日この頃なのでした。

>「射ちょう英雄伝」
自分はまだ中国の歴史を扱ったドラマになかなか手が出てないでので、それを見るのはちょっと先になりそうです(でも興味はありますよ)

1581 Reply Re:資金豊富なエド・ウッド? 殿様ギドラ Mail 2007/03/17 20:10

そーですねぇ、角川春樹氏は金儲けとは違う執念を映画に対して持っているような気もしますが・・・。
(そのあたりでエド・ウッドを引き合いに出したのでした)

たしかに、大雑把な最近の傾向を考えると、内容面に深みがあるものはあまり受けない傾向になってるような気はします。
なんでしょうね、出来の悪い映画のほうがヒットすると申しましょうか。
(ヒットした映画が良い映画、なーんてのは映画を商業と捉えた場合の言いぐさ)

「射ちょう」は、ほんとにお暇な時に・・。(長いですし)

1582 Reply Re:資金豊富なエド・ウッド? ゾンデ5号 2007/03/17 21:13

> たしかに、大雑把な最近の傾向を考えると、内容面に深みがあるものはあまり受けない傾向になってるような気はします。
> なんでしょうね、出来の悪い映画のほうがヒットすると申しましょうか。
> (ヒットした映画が良い映画、なーんてのは映画を商業と捉えた場合の言いぐさ)

製作者よりも案外観客がダメになってるのかもしれませんね・・。
どうも最近、短絡的に行動する人も増えている気もしますし、一体どーなっちゃったのでしょうか。
社会がゆとりを失ってしまったのかもしれませんぞ。

1586 Reply またまた・・。 ゾンデ5号 2007/03/27 22:38

植木等さんが亡くなられました・・。
ギドラさんが青島幸男さんが死去された時に心配なされていたことが現実になってしまいました・・。
植木さんの作品はまだ見た事はありませんが、日本映画黄金期を支えられた方なので大変悲しいです・・。↓
ttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070327-00000191-sph-ent

伊福部先生や丹波哲郎さん、有川監督、根上淳さん、藤木悠さんなど日本映画黄金期を支えた人物が天に次々と召され、寂しいです。
ご冥福をお祈りします。

1587 Reply Re:昭和も遠くなりにけり… 海軍大臣 2007/03/28 07:20

植木等さんのご逝去を悼むとともに、そのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

偶然にも次月、浅草名画座にて植木さんがサプライズゲスト的に登場される【君も出世ができる】が上映されますので、是非とも故人のお姿を偲びたいと
思っております。

1588 Reply 残念です・・・ 兄貴赤 2007/03/28 16:43

植木等さんと申しましょうかクレージィーキャッツと申すべきか、彼らの映画にどれほど支えられたかわかりません。
無責任シリーズ、日本一シリーズで描かれたサラリーマン像は、私の理想でしたし植木さんが演じたサラリーマンの生き様はバイブルでした。
これら作品は、世代的には私の父の世代がリアルタイムなのですが、時代を超えて今でも私に勇気と力を与えてくれます。

すちゃらかサラリーマンが、口先とアイディアと、時には爆発的行動力であれよあれよという間に出世し綺麗な奥さんを娶り、やがて社長にまで上り積めるストーリーは、呆れるほど痛快であり豪快であり爽快です。
私も20年以上サラリーマンをやっておりましたが、時には仕事に行き詰まり、あるいは上司と上手く行かなかったりと色々な壁にぶつかることがありました。
そんな時、これらの映画を観てとても気が楽になり、悩むのが馬鹿らしくなったり、もっと気楽に生きていこうという気になったものです。

今日は日テレの午後からの特番を見ながら涙が止まりませんでした。
映画というものは、一人の力で作る事はできません、しかし、一連の作品は植木等さんのキャラクターがあってこそ作れたものです。
こんな素敵な作品を残して下さったことに感謝の気持ちでいっぱいです。
ありがとうございました。

1589 Reply Re:残念です・・・ 殿様ギドラ Mail 2007/03/28 18:02

ゆうべ遅く訃報を知り、絶句しました。

植木等さんの偉業はとてつもないものです。
青島幸男さんがお亡くなりになったときにも書きましたが、
かつて、クレージーキャッツ、そして植木等という偉大な表現者がいたことをただ過去の出来事とするのではなく、
これからの世代がどう受け継いでいくのかを考えたいです。

植木等さんがコントや映画で演じた人物像は、たしかに時代を背負ったものではありました。
けれども、そこには時代を超えた普遍性があったればこそ、私のような若い者の心にも響いたのは間違いないです。

追悼の意を込めて『大冒険』を見ました。
素晴らしい映画です。
のちの作品にも大きな影響を与えている名作です。
(『レイダース』や『カリオストロの城』に間違いなくその影響が見える)

『ニッポン無責任時代』公開は1962年。
私の生まれ年です。
物心付いた時には空気のように「植木等」がいました。
「およびでない」「ハラホレヒレハレ」と何度口にしたことか。

人間の醜い面を見せつける『乱』において、植木等さん演じる武将のすがすがしさがどれほど救いになったことか。

とりとめのない文章で申し訳ないです。

ハナ肇さんが亡くなった時、追悼特番で植木さんが「悔しいです」と絞り出すようにおっしゃっていました。
その悔しさとはなんだったのか。
そんなことも考えます。

海軍大臣さんがご紹介下さった、『君も出世ができる』は基本的な構図が無責任シリーズや日本一シリーズに似たサラリーマン喜劇になっています。
実にきっちりと仕上がったミュージカル映画なのですが、見ているうちに、ああ、ここに無責任男がいたらもっと面白いのに、という気分になります。
そのタイミングを見計らったかのごとく、植木等さんがゲスト出演するシーンに突入して爆発的な昂揚感が得られます。
主演のフランキー堺も高島忠夫も充分大スター。
しかし、植木さんのはじけっぷりには敵いません。

拙作「6000円の男」で主演を務めた私の相方に植木さんのように演じてくれ、と注文したけれど、出来てなかったんだよなぁ。
まさに無理な注文だったわけで・・・。

この6月公開になる『舞妓Haaaan!!!』が最後の映画とのこと。
植木等さんの姿を見るために劇場へ行くことにします。

植木さんの不在は淋しい。寂しすぎる。
これまでどうもありがとうございました。
ご冥福をお祈りいたします。

1591 Reply Re:残念です・・・ ルー等級つつ大臣 2007/03/29 21:17

私も昨日その訃報を知りまして正直「まさか・・・」と思ってしまいました。
植木さんまで・・・と。
青島幸雄氏の訃報に続いてこの人までも・・と。
あのバイタリティー溢れる姿がもう観れないと思うと涙が出てきます。
私はギドラ氏よりも更に世代は下がるのですが高校時代の正月の深夜劇場で植木さんの作品を見て破天荒ながらも前向きに生きるサラリーマンの植木さんを見て爆笑のうちに感動すら覚えたものです。
そして社会人となった今、上と揉めたりして悩んでいるときに見ると良さがホントに判ります。
あのバイタリティーこそ社会全体(当時は勿論、現在も)憧れだったのですね・・・。
パワー溢れる作品になったクレージー映画や無責任シリーズは今の感動や話題さえあればどーでもいい作品となってしまった日本映画に求められるものではないでしょうか?
なまじ植木さんを偉人にして過去のものにしてはいけないのです。
今こそ黄金期の日本映画のスピリッツを受け継がなければならない時です。
植木さんの訃報は改めてその事に気付かされる出来事となってしまいました。
不在は寂し過ぎる・・・。
これまで数々の作品で楽しませてくれてありがとうございました。
心よりご冥福を祈ります。

1593 Reply 小児化と閉鎖性 殿様ギドラ Mail 2007/04/01 14:27

昨日最終回を迎えた「メビウス」。

私は「メビウス」を評価しないとは以前から書いてますが、そんなに詳しく書いてきたわけではないのでここでまとめておきます。

ウルトラマンや怪獣宇宙人たちの設定を改変していない点は好ましかったです。
しかし、25年間怪獣が現れていなかったとする設定は余計。
この発想は、旧ウルトラシリーズで放送されたエピソード以外の出来事がなかったという前提に立っています。
怪獣は日本にしか現れないのだという発想に基づく、某ヲタク映画に近い姿勢ですね。

視野が狭い発想です。

「ウルトラマン」において、ベムラー以前に怪獣が現れていないと見えますか?
「ウルトラマン」から「ウルトラマン80」までを生かし、その続きを作るのだという発想は正しい。
しかし、それは25年間ウルトラマンが現れていない、という繋ぎ方をすべきであって、怪獣までもウルトラマンとセットにする必要はない。
「ウルトラマン」は東宝怪獣映画から派生した企画であることは明白。
もともと怪獣が居る世界なのです。

劇中で描かれない部分にも世界があり、歴史は存在する。
そういう発想がない。

また、これはすでに指摘したことですが、ストーリーが怪獣退治チームの動きに限定されていて、人間社会の広がりを感じさせることが皆無に近かった。
それでは怪獣ドラマにはなりません。

それから、登場人物の心理がご都合主義に操られている。
ミライは別としてもその他の人間はそれぞれこれまでの人生を背負っているはず。
価値観や思考法が違っているはずなのに、そんな差違に関しては実に表面的な描き方しかされず、対立も予定調和のためのわざとらしい葛藤に過ぎない。
個性のぶつかり合いをどう折衷させるかが人付き合いというもの。
ところが、「メビウス」においては、レギュラーメンバーは100パーセントの信頼で繋がる仲良しグループと化していて、行動原理はすべて仲間のため。
おのれの主義や理想で動く者はいないと言って良い。
実に気持ちの悪い、全体主義思想と言える。

象徴的なのは、タロウゲスト篇でのリュウとミライのやりとり。
今度の敵は強力だからメビウスが戦えば死に至るだろう、という情報を知りながら、リュウはメビウス(ミライ)に向かって、
「仲間なら一緒に戦え」と迫る。
正直、ずっこけました。
ミライが宇宙人であり、利害とは関係なく好意で地球を守ってくれていたということを知りながら、死ぬかも知れない戦いに誘うとは?
これが仲間意識というのか。
友情があるなら、むしろ逆であろう。

そのうえ、死に赴くミライに対し、「ガンバレ、戦え、だけど死ぬな」とよってたかって無茶な言いぐさ。
結局は「根性パワー」で敵を撃破するわけだが、それは、最終的に敵には勝たせてやる、という作り手の方針が先行してしまって、
登場人物の自然な反応を引き出せていない展開としか見えなかった。

この、誰かに「がんばれ」と言われただけで無限力(むげんちから)が発動するシステムは一体なんだ?
大和魂で敵機を落とせと教え込むのと変わらない。
子供たちに変なことを吹き込まないで欲しい。

どんなにがんばっても、ダメな時はダメなの!
不可能を可能にするのは、根性ではなく、勉強と工夫。
根性が在ろうが無かろうが、目的達成のための能力があればいい。
そんな能力を身につけるために根性が必要なのだ。
戦いのさなかにいくら戦意を維持しても、竹槍でB29は落とせないのだ。

「メビウス」を作った人たちは、自分が何を訴えているのか自己分析が出来ていないのか?
それとも、人間が一つの意思に統一されて最後まで諦めなければ、物量や科学力で劣っていても戦争には勝てるということを訴えたかったのか。
(まさか、そんなバカなことはないと信じたい)

「歴史を知らん奴は映画を作ってはいかんのだ」(by井筒和幸)

*ボガール篇
ボガールは怪獣を食べるために怪獣を呼び出す、という奇々怪々な設定がありましたね。
これはボガールさえいなければ怪獣は出てこないのだから、ボガールが悪い、という論理を作るためだと思われますが、
では、怪獣はなんで眠ったままなの?怪獣の自主性はどこへ行った?
これが、「メビウス」において怪獣を目立たなくさせている一因。
出現する各怪獣はおまけでしかない。

また、ほぼ怪獣であるボガールが人間の姿に変身して地球に潜伏するのも意味不明だったし、そもそも、メビウスさえ食べようとしたボガールが、
地上に溢れている人間を食べないのは、なぜ?
(まー、ヒカリサーガを見ないと判らない設定とかあるんでしょうが、「メビウス」本編でわかるようにしないとアンフェアである)

*エンペラ篇
さっぱりわからない。
エンペラは何をしたかったの?

最初のうちはメビウス抹殺が目的かと思った。(時空波云々)
ところが、メフィラス以下取り巻き宇宙人が「地球を皇帝に献上する」などと言い始め、
本人登場ののちは、ウルトラの父に恨みがある風情。
それも、最後の最後は「闇のほうが光よりいーんだもん」などと妄言を吐き始める始末。

ムチャクチャぶりは、死ね死ね団のミスターKを遙かに上回る。

しかも、エンペラ篇に至ってますます視野は狭くなり、メビウス・ガイズ連合と宇宙人連合の私闘であるという構図が強調されてくる。
口先では地球を守ると語られるが、守るべき地球とはなんであるか、つまり、大衆を描く視点は希薄で守られるべき人々の存在感はない。
さらに、たまに出てくる大衆も烏合の衆であり、さまざまな立場の人間を対比することもなく、善人悪人に二分化され、全体主義の色合いがますます強まっていた。
(地球人すべてがメビウスの助命を願うと思うか、○○っ!!あの状況下では、メビウスに光の国へ帰ってもらうのが最善策であろうし、
たとえメビウスをかわいそうと思っても自分や家族友人の命には代えられないと思う人間がいるのが当然であろう)

まあ、かつてバルタンやザラブを配下においていたメフィラスまでもエンペラの手下になって、あまつさえ反抗の意志すらないというのだから、
エンペラ篇から伝わってくるのは、なんらかの集団に属するなら全体の意志に身を任すものだという教えでしょうか。

ああ、気持ち悪い。

とどめに最終話では小学校の卒業式を再現。
なに、あの、「呼びかけ」は。

ここまで、シナリオ面から書いてきました。
大江健三郎氏が、いまの日本の文化は閉鎖的になり、文学は小児化していると論じたそうです。
「ウルトラマンメビウス」を覆う問題はまさに、それ。

劇中の出来事に論理性が希薄で、感情が物事を支配している。
幼児の発想。

身の回りの人間しか相手にしない意識。
戦いにおいて組織力を感じさせる面はほとんどない。
ガイズジャパン以外の戦闘集団がどれぐらい出てきましたか?
ガイズオーシャンは隊長の私物にしか見えず、ファイナルメテオールなる最終兵器は個人から個人へと手渡されるだけ(人類の英知ぢゃないの?)。
宇宙人側にも組織だった攻撃はほとんど見られず。
そんな社会意識の欠如も小児性に通じます。

そして、物事をウルトラマンという軸でしか描かない姿勢。(例外作は存在するがシリーズ全体の構図はウルトラマンをいじくり回すことばかり)
見せ場となるのは昔の「ウルトラ」から引用する部分(設定への言及、ウルトラ兄弟や旧怪獣の出演など)であり、ウルトラシリーズのファンでないとわからないことばかり。
御新規さんに対して極めて不親切な閉鎖性。

大江氏がどんな分析に基づいて幼児化・閉鎖性というキィワードを導き出したのかまでは知りませんけれど、
「メビウス」だけでなく、その他の映像作品にも小児的閉鎖的なものを多数見いだすことが出来ます。
と、私に指摘されても「それのなにがいけないの?」と思う人もいるんだろうな。

オタク族なる人々が子供時代に好きだったものを子供のまんまの受け止め方でいつまでも後生大事に愛でているからイカンのよ。
子供向けでも優れた作品は大人になってからも楽しめる。
しかし、それは子供に回帰して楽しむのではなく、子供の頃の楽しみ方に大人の感性を上乗せしてもなお楽しめるから優れた作品なんです。

子供の頃楽しんでいても、大人になったらつまらなくなったものって、いろいろあるでしょ。
そこは認めないと。
子供の頃、「レインボーマン」がすごく面白かったという印象がありましたが、ごく最近見直したら、とんでもない駄作にしか見えませんでした。
誰だ、「レインボーマン」が傑作だなどと抜かした奴は。
設定が特異なだけで劇展開は退屈きわまりない。
そんな風に真剣勝負の作品評価をしないまま認められているものが多くないですか?

ウルトラもしかり。
オタク族が第二期ウルトラにも第一期と同等な評価を与えてしまった面がありはしないか?
少なくとも最初のころは「帰ってきたウルトラマン」以後のものは評価が低かったはずだが、その新マン再評価に連動するように「A」以後の作品まで良しとされてしまったように見えます。
「帰ってきたウルトラマン」と「A」以後の作品の差違を真剣に考えたか、と言いたい。
まあ、私が全話見ている第二期ウルトラは「A」までなので、「タロウ」や「レオ」がどんな傑作なのか知りませんが、見た範囲では見続けるのが苦痛であったことは以前述べた通り。

かつてオタク趣味が迫害されたという歴史の反動で、アニメでも特撮でもオタクっぽい作品ならなんでも認めるのが識者であるみたいな風潮はないか?
(若い人はともかく、特撮の黄金期を知っている人まで機龍二部作やゴジラファイナルなんとかまで誉めるのは解せない)

おっとっと、「メビウス」そのものから離れてしまいそうだ。

「メビウス」の良かった点。
光線表現が(途中からか?)向上しました。
光線が映像になじんでいて、画面上で浮いた感じになってしまうものが少なくなったのは良かったですね。
それから爆発にも量感が出ていたと感じました。

それぐらいかなぁ。

映像面は昨今のTV映画と同様に全体に平板で深みなし。
激しい動きについてはCGに頼りすぎで質感なし。

やっと終わって良かった良かったというところか。

それでも6歳児はすごく喜んで「メビウス」を見ていましたから、子供に娯楽を与えるという使命は果たしていたと言えます。
私もそれを否定はしません。
一時の娯楽でしかない点がウルトラシリーズとしての大きな欠陥ではあるけれど。

1594 Reply Re:小児化と閉鎖性 ゾンデ5号 2007/04/01 19:29

最終回ですが、やはり私もオタなんでございましょうか、ゾフィー登場で喜んでしまったりして・・。
でも見終わった後はなーんにも残りませんでしたね。
前々から、「メビウス」はウルトラマンAの最終回の台詞を引っ張り出してきたりとか、何だかスタッフの趣味爆発させすぎてないかと・・。
どうも「メビウス」は「ウルトラ兄弟客演!」ぐらいで喜んでしまうオタク向け番組だったのではないでしょうか。
10年後、私がレンタル屋で「メビウス」を借りて見ているでしょうか・・。
おそらく見てないでしょう。
しかし、「社会」という物もまるで感じられず、出てくる民衆もGUYSの引き立て役に過ぎません・・・。
GUYSの人間関係も、変に友情を要求する「厨房」的ですし・・。
落ち着いた「大人」の印象が希薄です。
また、メフィラス星人の件ですが、メフィラスやヤプールを「四天王」にするのは正直止めて欲しかったです。
既存のキャラをやたらめたら弄くるのは止めて欲しいですよ。
あれで喜ぶのは記号的な場面などで喜んでしまうオタぐらいでしょう。

「がんばれ」でメビウスが元気になっちゃうのも、旧日本軍の精神論みたいで気持ち悪かったですし、感情的過ぎないかと思います。
やたら落ち着きが無い世の中ですから、むしろ理性的に物語を進めて欲しいのですが・・。

特撮はあからさまにミニチュアセットを爆発させたって感じでした・・。
子供のオモチャがドカンドカンと爆発してる感じでひどかったです。

後、ウルトラマンがベラベラ喋るのも止めてほしい。
ウルトラマンがあまりに人間的になり過ぎて、「ウルトラマン」でなくなってるのではないでしょうか。

>オタク族
ここらへんは自分で作品の良し悪しをを判断できない人が増えちゃったのではないでしょうか(オタクに限った現象ではないでしょうか)

今植木等さんの特番を見てる途中なのでここらへんにしておきます。







1595 Reply Re:小児化と閉鎖性 ねろんガボラ 2007/04/01 22:05

 逆境がないから作られる作品も甘ったれた出来になっちゃうんですかね。「個性」の名のもとにあらゆるわがままが許されてしまいますから。

 第二期はアラを大目に見て鑑賞しないとキツイですね。「帰ってきたウルトラマン」だと「次郎くん怪獣に乗る」が好きです。攻守揃った傑作と感じてます。
 Aはどうなんでしょうね~。ヤプールの妙に陰湿でせせこましいやり口をナナメ見して楽しむ作品?ヤな見方だなあ。華やかな光線やウルトラ兄弟の設定と完全に話運びが火と油なんですよね。
 タロウはあのゲバゲバした世界観がスキモノにはたまらんといった感じでしょうか。コショウ作戦とか、タンコブ投げて爆弾にする怪獣とか。でも怪獣出現を信じてもらえない少年の孤独とか、住み場を追い出され暴れまわる怪獣をかばったら責任片っ端から押し付けられるZATとか、暗いトコは暗いです。
 レオは壮絶さがウリです。やたら人は死ぬし主人公はしごかれまくるし。ただスポ根のノリでやたらノリや展開がクサイし、宇宙人が夜な夜な等身大で女性を襲う「通り魔」化してるのでやっぱりあくまで宇宙人や怪獣を人智を超えた存在として描いていた第一期のファンが見るとツライですね。

 第二期は理論性が薄れて精神論が前面に出てますね。上手く言えないんですが、オバケとか怪談とかよく出てくるし、組織より主人公のプライベートが描写のメインになってるし(レオにいたってはMACは脇役です)、ウルトラマンの特訓やウルトラ兄弟の設定なんかもその一端でしょうか。
 

1596 Reply Re:小児化と閉鎖性 殿様ギドラ Mail 2007/04/03 16:26

>ゾンデ5号さん

ゾフィー登場で喜ぶ気持ちはわかります。
ゾフィー以外のほかのウルトラマンでもその他人気怪獣宇宙人でも、自分が好きなキャラクターが出てくれば、
極端な話、自分の一部が出てくるのに近い感覚が生まれます。

ほかにも、キャラクターが背負うストーリーと繋がる感覚も昂揚感を生むはずです。

だからこそ、人気キャラクターの性質・設定変更は許されないのだし、
しょぼいストーリーに組み込まれてはたまらんぞ、と怒ったり・・・。

>GUYSの人間関係も、変に友情を要求する「厨房」的ですし・・。

私もそう思います。
思春期って、やたらと仲間意識に固執することが多く、それが間違った方向へ進むと「仲間入り」してこない人間を排撃することにもなります。
「メビウス」が描いた仲間意識とは、せいぜいそんな「厨房」時代の友情にすぎないです。

>やたら落ち着きが無い世の中ですから、むしろ理性的に物語を進めて欲しいのですが・・。

まったくです。
このごろ理性を軽んじるような発言が堂々とまかり通っていて唖然とすることが多いです。
人間は理屈だけで動くものではないけれど、感情を優先させていると異質な者同士が宥和することなど出来ません。
もちろん、このごろの快楽殺人なども理性より感情が先立った結果であることは言うまでもありません。
そういう観点からも、理より情を優先させている「ウルトラマンメビウス」のストーリーは現代の欠陥をただそのままなぞっているだけで、
社会に対して芸術表現が担う責任を果たしているとは言えません。

>ねろんガボラさん

やっぱり第二期はそんな感じなんだなぁ。
まー、「タロウ」も「レオ」もそれぞれ10話以上は見ていると思うので、おおよその見当はついていたんですが・・・。
力を抜いてみれば、第二期もまずまず楽しめるんだとは思います。

そこが、その、おっちゃん世代になると、ウルトラに対してそんな姿勢で臨みたくはないと言うか・・・。
ふざける話があったってぜんぜん構わないけれど、ゆるーいのはどうも・・・。
(メカにリアリティが失われたのもイタい)

ただ、お話を読んで気づいたのは、第二期は「帰ってきた・・」の大ヒットに束縛されたんじゃないかということ。
きっと「帰ってきたウルトラマン」は製作陣内部でも「うまくいった」という手応えがあったんじゃないでしょうか。
「マン」「セブン」より、人物描写が遙かに深まっているのは確かです。
人間ドラマの充実は「帰ってきた・・」が頂点といっても過言ではない。
けれども、「人類」「科学」「宇宙」「未来」といった巨視的な視点でのアイディアは「マン」「セブン」のほうが充実していたはず。
金城さんが抜けたことが痛かったんでしょうか・・・。
役者にせよ監督にせよ、現場で立ち向かうのは感情をどう描くかということ。
そういうわけで、情念が上手く描ければかなりの満足感を得られます。
情と理のバランスをうまく調整できるのが理想だけれど、
理(SF)のアイディアを考えつくのは大変ですから・・・。

それにしても、第二期であっても「メビウス」ほどの視野狭窄・ご都合主義ストーリーではなかったはずだぁぁぁぁぁ。

******************
前回の投稿のあとで、webではどんな「メビウス」感想があるのかな、とサーチしてみました。
驚いたなぁ。
あの最終話で泣ける人がいるんだなぁ。
不思議でしょうがないや。
ま、「日本沈没2006」で泣く人もいる時代だからなぁ。
他人の気持ちを思いやるのではなく、他人の気持ちを勝手に創作して怒ったり同情したりする人が多いってことか。


1597 Reply Re:小児化と閉鎖性 ゾンデ5号 2007/04/04 20:02

「メビウス」に限った話ではございませんが、落ち着いてじっくり楽しむという様な映像作品が減ってる気がします(中には良い物もあるでしょうが)
私は今のドラマなんか全く見ないですが、刺激的で話題性だけで中身スカスカな作品が増えてる気がします。

ギドラさんの「理性と感情」の話に関係しますが、理性的に物語をじっくり楽しめる作品よりも、感情的に「泣ける」とか「感動」出来る作品が良い物にされて来てるのではないでしょうか。
メビウスの最終回で何が泣けるのでしょうか。
最後の呼びかけなんか私は引いちゃいましたが・・。
樋口版「沈没」なんかで泣いちゃう人も居るとは・・、全く訳の分からない世の中でございます。





1598 Reply Re:小児化と閉鎖性 殿様ギドラ Mail 2007/04/05 17:10

ウルトラシリーズも「メビウス」でひとまず休止のようですから、もうちょっと話を続けます。

理性と感情の話に補足しますと、
物語というのは論文ではないですから最終的には受け手の感情を喚起することが目的です。
しかしながら、それは感情に支配された世界を描くということではありません。

劇中の出来事、人物の行動に納得できてはじめて感情が動くはずで、
いくら登場人物が泣こうが喚こうが、それに見合ったシチュエーションが描かれていなければ受け手の感情が動くことはありません。

というのは、理性的に状況を判断できる受け手にとっての話。

物事の因果関係や筋道を自分の頭で考えることの出来ない人は、登場人物に判断を任せてしまっていて、主役が怒れば一緒に怒り、泣けば自分ももらい泣きという反応になってしまうみたいです。

そのレベルで創作するなら、筋の通ったシナリオなどいりません。
物事の筋道など関係なく主要登場人物にとって「気持ちの良いこと」を引き起こせば楽しい展開であり、「気持ちの悪いこと」さえ見せてやれば辛い出来事ということになります。

「メビウス」の劇展開はまさにそんな具合でした。
最終話に絞っても、
なぜエンペラとの戦いが「最後の戦い」なのか、合理的な説明はありません。
この戦いに勝てばお終いになるんじゃないかな、という感情しかない。
メビウスが光の国へ帰る理由もわからない。
(初代マン、セブン、新マンがなぜ地球から去ったのかを思い出しましょう)
たとえば、地球人がウルトラマンの力を必要としなくなったという話がありましたか?
むしろ、まだまだ地球人はウルトラマンの力を必要としているという展開でしたね。
ファイナルメテオールはウルトラマンがいないと使えないようにしか見えませんでしたよ。
それでも、最終話にはウルトラマンは光の国へ帰るものだという刷り込みがあるために感情でしか物事を受け止め得ない人には不自然ではないのでしょう。
せめて後任のウルトラマンをほのめかす演出でもあればいいのに。

こんなのはほんの一例でしかありません。
この一年間、どれほど不合理な展開があったことか。
(不合理なだけに思い出しにくいけれど)

お客さんにはいろんな人がいますからみんながみんな頭を使えないとしてもしょうがないでしょう。
お子様のお客さんもいることですし。
けれども、作り手が合理性を放棄するのはまずいでしょう。

物語の創造に対してもっと真摯に打ち込んで欲しいものです。

1600 Reply Re:小児化と閉鎖性 ゾンデ5号 2007/04/10 18:50

よくよく見れば欠陥だらけですねぇ。
メビウスがウルトラの星に帰る理由がよく分かりません・・・。
ウルトラの父が「地球で修行して来い」と最初にメビウスに言っていたようですが、エンペラーを倒せば修行が終わったということなのでしょうか?
全く意味不明ですね。

>物事の因果関係や筋道を自分の頭で考えることの出来ない人は、登場人物に判断を任せてしまっていて、主役が怒れば一緒に怒り、泣けば自分ももらい泣きという反応になってしまうみたいです。

今そんな見方で映画やドラマを見る人が増えてる気がします。
やたら「感動」「号泣」を売りにする映画・ドラマ何と多い事か・・。
どうしてそんな観客・視聴者が増えちゃったのでしょうか。(もしかして電○の戦略?)

世界観の話でございますが、私としては昭和ウルトラを否定していない「グレート」や「パワード」も入れてあげて良かった気もします。

1601 Reply Re:小児化と閉鎖性 殿様ギドラ Mail 2007/04/11 17:24

最終話でウルトラの父が、「大切なものが見つかったな」とかなんとか言ってましたが、地球出張はメビウスの友達捜しだったということなんでしょうか。
とすると、メビウスを狙って襲ってきた宇宙人による被害は若いウルトラマンのお仲間作りの犠牲になったということで・・・。

まったく馬鹿馬鹿しいストーリーです。

あ、そうか、友達が出来たからもう地球には用がないってわけで光の国に帰還したのか。
(教官になるらしいですな)
手前勝手な地球防衛活動ですわ。

ものごとの意味を考えない人が多すぎますよ。
それはきっと、意味ばかり追い求めた時代への反動なんでしょうけれど、
感覚を無視して意味ばかり追求しても人生は虚しいのが確かでも、
理屈や意味が不要ということではないのに・・・。

えーと、「パワード」は「ウルトラマン」のリメイク話が多いので正編からは分離したほうが良いかと思います。

1604 Reply 私の思ったこと エクセルシオール 2007/04/16 17:49

 あまりまとまったことは書けませんが、この作品でいくつか気になったことを書きます。第一に過去のシリーズへのオマージュを出すために、作品の独自性が乏しくなっているようでした。特に後半は従来のウルトラ兄弟を客演させるためにストーリーが作られている印象があり(ジョーニアスは員数外みたいですが)、とても窮屈な感じでした。もちろん、例えば「初代ウルトラマンが帰ってくる」とかいわれると、私もわくわくしてしまいましたが、そればかりでは「メビウスの存在意義は?」と思ってしまいますし、昔の作品に対するオマージュも度が過ぎると食傷気味です。
 むしろ、客演はゾフィーと初代マンくらいにして、その他のウルトラ兄弟の歴史は背景の一環として匂わすくらいにした方が良かったと思います(全員登場は映画でやるべき)。私はウルトラマンは原則としてM78星雲から来るようにすべきと思っていますが、『ウルトラマンG』等のようにウルトラ兄弟を登場させなくてもよいのですから、度の過ぎた客演はまずかったと思います。

 次に最後の敵にエンペラー星人を登場させたことについては賛否両論がありますが、私はどっちかというと否定的です。エンペラー星人は今まで設定だけの存在であり、だからこそ「究極絶対の敵」としての地位を保てていたと思います。しかし、実際に出てきてしまうと多かれ少なかれ「なんだこんなもんだったのか。」と思われてしまうし、またその力からしても本来ならウルトラマン全員でかからなきゃ対処できないくらい強くないといけなかったと考えます。むしろ最後の敵を復活したボガールにした方がベターでした。ボガールならば、メビウスとツルギだけで戦いを描けばよかったので、話をまとめやすかったはずです。

 本作品は一話完結を基本としつつ連続性ももたせるというのが当初の方針だったようですが、本来「連続性」を担当させるためのキャラだったボガールを1クールで死なせてしまったため、その後の展開が迷走してしまったようでした(ボガールが怪獣たちを呼び覚ましていたのですから)。私自身はボガールはもっと使い道があったと思っています。例えば冒頭でボガールはウルトラマンとの戦いでダメージを受け、回復するまでメビウス達の追及をかわすために怪獣を呼び覚まし凶暴化させたという風にすれば(もちろん怪獣を食らって密かにパワーアップもしている)、ベターだったと思います。そして、毎回ボガールやその配下となった怪獣との戦いにする必要もなく、必要に応じてボガール無関係のエピソードも多く入れればよかったと考えます。

 三つ目に『メビウス』は過去へのオマージュが行き過ぎて、「怪獣使いと少年」のような続きをつくっちゃいけないようなものにまで、続編を作ってしまいました。無論、かの作品のテーマは重要であり、それに挑むことはかまいませんが、何も「続編」にしなくても・・・・。しかもできた作品の出来も良いとはいえないもので(特にリュウ隊員の態度はひどい)、考え込んでしまいました。止める人はいなかったのでしょうか。

 最後に『メビウス』を観て思ったことは、「伝統」と「新規性」を両立させるのはなかなか難しいことだな、ということでした。伝統ばかり考えると「二番煎じ」になってしまうし、新規性が行き過ぎると『ネクサス』のような変な作品になってしまう。しばらくウルトラシリーズは休みみたいなので、次に作るときは熟考の上に製作し、一つ作るとしばらくは休むようにしてほしいです。

 それにしても、セリザワ隊長はどうなったのでしょう?てっきりヒカリと分離して戻ってくると思っていたのに。かわいそうです。

1605 Reply Re:私の思ったこと ゾンデ5号 2007/04/16 21:57

>エクセルシオールさん
私も似たような事思ってました。
エンペラーを出すのはそれこそウルトラシリーズ終結に繋がりかねないですし、で本編ではゾフィーとメビウスにいとも簡単、あっさり倒されるし・・・。(ファイナルメテオールも人類の英知って感じがしないからなおさら)
スタッフがオタク心を持ち込みすぎたような気もします(ウルトラマンAの最後の台詞引っ張り出したり、後過去怪獣多すぎるとか)

ウルトラ兄弟客演も、私は映画で十分だった気もします。
ただレオや80をTVで出したのは良いとは思います(でもストーリーはダメダメでした・・)
また映画を見てないと分からない話もあったりするのは問題な気がしますよ・・。

今後ウルトラシリーズ、ウルトラマンを復活させるなら、ウルトラ兄弟の設定は残しつつ、基本的にはウルトラマンの内面には触れず神秘性を守り、なおかつ怪獣ドラマに的が絞られているのが見たいです。(ただ第2期のファンへのサービスとして1回だけAとかタロウ、ゾフィーを出してもいいかも)

1608 Reply Re:私の思ったこと 殿様ギドラ Mail 2007/04/17 11:49

エクセルシオールさん、お久しぶりです。

ご意見ありがとうございます。

「メビウス」は、第二期以降のウルトラファンしか意識してくれなかったのも痛いところでした。
私にすれば、70年代に作られた人間化されたウルトラマン観に則って物事を進められてもノスタルジーは感じられず、
エンペラ星人なんて聞いたこともなかったわけですから・・・。

私もゾンデ5号さんと同じく、ファンサービスとしての客演があっても構わないけれど、節度を持ってやってくれればいいと考えています。
それでも「メビウス」はなかなか人気はあったようで、同じようなノリの「ウルトラ」が再び作られる可能性はありますね。
ウルトラ兄弟(父母を含めれば家族か)に固執するとしても、ストーリーをおろそかにはして欲しくないですね。

それと、伝統を守る、ということをもっと根本から考えて欲しいです。
昔のものとの共通項をどこに作るのか。
発想法を引き継ぐことが伝統を守ることであって、徒に昔のものを引っ張り出すことではない。
という考え方からは、「メビウス」が伝統を守ろうとしたとも見えないんだなぁ、これが。
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殿様ギドラ

Author:殿様ギドラ
映画好き、とくに円谷英二の特撮映画が大好きのオヤジです。
F1を中心に内外の自動車レースにも興味あり。

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